◆とある天使の回想
天使様
ハザマより全てを見守る天使にして、旅路の果てにアンジニティへと堕ちた者。そして『混沌なる御使い』と呼ばれ続け、その真名を無くした者。
…今回、遭遇したのは”否定の住人”。
総力を持ってこれと相対し、そして”運よく”狙いが当り、順当にこれを対処出来た。
未だ、彼女の言葉が耳から離れる事は無い。
ああその通りだ、どうであれ、今は目の前のこれ等を対処せねばどうしようもない。
あちらはともかく、此方で動ける時間は僅かしかなく、”たった”1時間で事態が急変するのだ。
気を抜くことは出来ようも無いのだ、本来は。
されども、私にとっては待ちに待った流星のような一時のチャンスでもあるのだ。
一度は弾かれ”奇縁”により”彼女の世界”を経由して――
そしてとうとう、この”響奏の世界”へと舞い戻れた私にとっての密かなる願望。
それを…果たせるのはこの一時しかない。
ああだから、例え望みが果たせぬとしても――後悔の無い終わりがありますように。
……たとえそれが、叶いそうもない奇跡だとしても、そう願わずにいられなかった。
その願いを聞く者は居ない。私の弱さを観た者もきっと居ない。
ああ、そうなのだ。この弱みを打ち明けられるのはきっと、全てが終わった後……。
唯一の肉親に零す機会が来るはずなのだ。
だからそれまでは――いつもの”混沌なる御使い”として、私は…生きねば。
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◆とある少女の回想
水原 ティーナ
星の十字教団の教祖にして、ただひとり、天使の真なる声を預かる者。彼女無くしては天使は在れず、そして天使無くして彼女は在れ無い
一時間ぶりの記憶の同期を経由して、また一つ、悩み事が増えて行く。
…”今回の私”は、どうにもどこか間が抜けている。
自分が言う事ではないが、少々足りて居ないことが多発している。
……とはいえ、これは私の教訓のせいでも在るのだろう。
良くも悪くも知ってしまっていれば、迂闊には動けないし、そして動けば余計な事をしてしまう。
それはそう、たとえば敬愛する天使がしていたような――。
ああきっと、あの人もこんな気分だったのかと思えば、少々気分は楽にはなったのはせめてもの救いか。
ともあれ出来ることは今はない。在るとすれば、こちらの”願い”をほんのすこし乗せるくらいだ。
…いや、他にもあるのか。
私にとっての大切なもの――その心の支えとなるくらいは、きっと出来る筈だ。
……あの子もどうにも思い詰めている。であれば、手遅れになる前に。
きっと、もうそろそろ頃合いのはずだ。
――少女は静かに決意を固めた。
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◆いつかのどこか
――肉の海、人だったものが転がる真赤な地平。
ただそうとしか形容できない名状しがたい光景の中を、一人の少女が歩んで行く。
緑の髪に紅い瞳。小さなその少女は、その中を這い出るように一歩一歩と歩んで行く。
その足元に広がる、自らの罪を噛み締めながら、それでも何かを求めて彷徨うように。
それは、全ての始まり。それは、必ず訪れる始まり。
ひとつの贄を取り込んで其れを模倣し――神体を形作るその基点。
かの少女の形を持つものは、故にその由来を持つ。
罪より産まれし”彼女たち”は、いつだってその償いの為に在る一つの願望を胸に歩み行く。
――ああ、この罪を持つ己などこの世から…。
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『――で、それ、まだ赦されると思ってる?』
「いいえ、ぜんぜん。」
『でしょうね。でないとわたしの復讐、なんだったの?って話だし。』
「あはは…けれどもまあ、私から無くなった訳ではありませんから。」
『……ま、楔を穿つのまでが、わたしたちの仕事。
残りはあの子たちに任せてる。死にかけたらわたしが仕事するはめになるけど。』
「さすがにそこまで手はかけさせませんよ。死んだら後が怖いですもの。」
『ほんとぉ?……けれども、先人と前例を観ると、そう言う呪いは効くみたいだしね、あんたら。』
「……ええ、本当によく効きますよ、その呪い。」
『効いてもらわないと困る。さて、そろそろでるんでしょ?アンタも。』
「次くらいからでしょうけど、ね。動きますよ、私も。」
『そ――じゃ、いってらっしゃい。』
「ええ、いってきます。」