
2019年夏 イバラシティ
「こんにちはー」
私は今日もいつものようにそこに足を運ぶ
そら高のイノカク部、いつもの部室、いつものみんな
初めは本当に偶然で、私には縁のないところだったはずのこの場所
だけどいつの間にか私にとってとても大きなものになっていて
この日もいつものように楽しくお話して、笑って、そんな何でもない日常が続いて行く……はずだった
「あっ、今日は何の…」
「あのっ、夏休みのことで…」
「えっと…その…」
なんだかおかしい、いくら話しかけても誰もお返事をしてくれない
それどころかまるで私がいることに気付いてもいないみたいな
どうしたんだろう、もしかして何かみなさんを怒らせてしまうようなことをしてしまったのだろうか
不安な考えばかりが頭の中を巡る、とそのときすっと誰かが私のいる所を通り過ぎていった
横を、ではない、私のいる場所そのもの、私の身体があるはずのそこを
まるで何も存在しないかのようにすり抜けていったのだ
「え…?」
一瞬だけ視界の全てを埋めてすぐに離れていくその背中を茫然と見送る
これは、なんだろう
何かの異能?それとも私は幽霊にでもなってしまったのだろうか
分からないけどみなさんにお伝えしないと、でもどうやって?
姿も見えない、声も聞こえない、それでも…そうだ、あの方たちならもしかしたら
「あのっ、私、私です!百地初白でっ…あ…」
でもやっぱり気付いて貰えないみたいで、肩を落としてしまう
ここはとっても賑やかで、幽霊みたいな今の私は気配も溶け込んで見えなくなってしまうのだろうか
だったら他の人がいないところならもしかしたら
今は我慢だ、みなさんとお話したいこともたくさんあるけれどきっとすぐにできるようになるから
その日の部活が終わるのを待ってから行動を開始する
・・・そら高部室棟、異世界学研究室
黒木せんせーのいるお部屋、せんせーはとってもすごい魔法使いさんで
せんせーならきっと私のことも気付いてくれるはず
でももし気付いてもらえなかったら…ううん、それはその時に考えよう、まずはとにかく行動しないと
意を決して扉をノックする…………これちゃんと音出てるのかな?
しばらくすると黒木せんせーがお部屋の中から顔をのぞかせた、やった気付いてもらえた
どうやらやっぱり姿は見えないけれど気配は感じられるみたいだ
「あのっ、私です、百地初白です、わかりますか?」
声にも反応がある、ような気がする
けれどどうもうまく伝わっていないみたいだ、何か聞こえるけれど聞き取れないといったご様子
「えっと、急に誰からも見えなくなって、それであのっ、あれっ?あのっ、まだっ」
目の前のせんせーが急に私を見失ったみたいにして、不思議そうなお顔をして扉を閉めてしまった
私の伝える力が無くなってしまったのかな
当てが外れて気持ちが沈む、でもまだあきらめるわけにはいかない
私に気付いてくれるかもしれない人はひとりじゃないんだ、がんばろう
次の行き先は…
・・・ツクナミ区、星十字大聖堂
ティーナせんぱいたちの住んでいる大きな教会だ
ティーナせんぱいは天使さまさんとお話することができてとってもすごい人
だから私のことももしかしたら分かるかもしれない
部室と同じにならないように周りに他の人がいないときを狙って声をかけてみた
「あのっ、私っ、わかりますかっ!」
あっ気が付いてもらえたみたいです、よかった
でもまた聞こえなくなっちゃうかもしれないから急いでお話しないと、えっと…
あれっ、あっまだちゃんとお話できてないです、待ってください
今回もほんの少しだけですぐに何も聞こえなくなってしまったみたいです
やっぱり無理なのでしょうか、でもまだあきらめません、もうおひとりの所へ急ぎます
・・・超魔法研究所
いつみても不思議な看板、ここは剣野せんぱいのおうち
剣野せんぱいは大魔導師なのでなんでもできちゃいます
きっと私のことだってすぐに見つけてくれますよー
ぴんぽーん♪チャイムが鳴った、ちゃんと鳴ったよね?
あっ出てきてくれました、よかった
「剣野せんぱいっ、私なんだか見えなくなってしまったみたいでっ」
なんだか魔法を使ってみるみたいです、これで見えるようになるのかな
みっ見えますかっ?聞こえてますかっ?
ちょっとわかるみたい、今度こそちゃんとお話しないと
えっと、あれ?もうダメですか?そんな、私はどうしたら
やっぱり無理なのかな、しょうがないからおうちに帰ってもう一度考え直そう
・・・そら高学生寮、201号室
私の住んでいるお部屋です
結局誰にもちゃんとお話することができませんでした
他にわかってくれそうな方の心当たりもありませんし、どうしましょう
私はもうずっとこのままなのでしょうか、そう考えると落ち込んでしまいます
とそのとき、
ガシャァァァーーーン、大きな音がして窓が破壊されました、何事ですか?
そこにいたのは…あっ剣野せんぱい!もしかしてちゃんと伝わって助けに来てくれたのですか?
やった、これで希望が…と思ったけれどやっぱり私の事は見えていないみたいで
「必ず帰って来い!」
とそれだけを宣言して去って行きました
でも私にはそれだけがとっても嬉しくて、いつか必ずみなさんの前に戻って来られるようにがんばろうと
そう決心したのです
そしてその日はそのまま眠りについて・・・
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「ん…あれ…ここは…?」
目を覚ますと知らない所にいました
乾いてひび割れた大地、赤黒く濁った空、まさに不毛の地を絵に描いたかのような世界
「夢?それとも…」
冷たい空気が肌を刺すように風が吹き抜けていきます
「ぬ、ぬー?いるー?」
いつも一緒にいるはずのぬーを呼んでみますがお返事はかえってきません
「どこでしょう、ここは…まるで…」
まるで、なんだろう?何か思い浮かんだような
どこかでこんな場所のことを聞いたことがあるような
「あん…じにてぃ」
ふと、自分の口からもれたつぶやきにはっとする
そうだ、荒廃した世界アンジニティ、どこで知ったんだっけ、わからない
でもここが…そう、なのかな?
アンジニティは否定の世界で、悪い事をした人や否定された人が行く場所で
私はそんなに悪いことをしてしまったのだろうか、それとも否定されて…
でもそんなこと、みなさんはとっても優しくて、なのに
こんな場所のせいだろうか、よくない考えばかりが浮かんでしまう
「まだ、そうと決まったわけじゃ…」
嫌な気持ちを振り払うように声を出して自分に言い聞かせる
そうだ、まだここがアンジニティとも私が否定されたとも決まったわけじゃない
行こう、きっとどこかに人だっているはず、そしたら帰り道を聞いて、それでまたみなさんに会って、それから…
この枯れた大地を踏みしめて、一歩一歩しっかりと
私は歩きだした
・
・
・
そして私は"それ"に出会うことになる・・・
百地初白は選ばれなかった
話し相手として、遊び相手として、相談相手として、協力者として、誰からも選ばれなかったのだ
誰にも否定されない人はどこにもいない
けれど誰からも肯定されない人は確かにここにいる
それこそが本当の否定なのだといずれ知る事になるだろう