Another/Chronicle Ⅰ
【星物語】
――これは昔、昔のお話。
とある双子のお話です。
――とある場所に双子が居ました。
その双子は綺麗な銀色の髪を持ち、
深く澄んだ青い瞳を持つ女の子でした。
しかし、背格好は一緒で、顔も同じ。
それだけではなく、
心も、魂も同じ様な形をしていたのです。
当然、それでは彼女達と暮らす周囲の大人は見分けが付きません。
産みの親や家族も、
やはり見分けが付かないほどにそっくりな双子だったのです。
……けれども、一人だけ。
この世界には、一人だけ、
二人の女の子を見分けられる子が居ました。
それは双子の女の子の最初のお友達で、
幼馴染の女の子でした。
緑色の綺麗な髪を持ち、お揃いの青い瞳を持った、
明るくて元気の良い女の子。
少しばかりヤンチャでしたが、
それ以外はごく普通で少しだけヒーローが好きな、
優しく暖かい、女の子でした。
その女の子は星を視分ける様に、
すぐに双子の女の子達を見つけられます。
双子の女の子は、とても喜びました。
感じていた寂しさも、辛さも、
哀しい気持ちも、瞬く間に消えて行きました。
代わりに芽生えのは、楽しさや嬉しさ、
そして、誰かが自分達を見てくれているという喜びでした。
双子の女の子はその子のおかげで、
少しずつ別々の色の光を宿す事ができました。
今までは似た光でしかなかったのが、
別の色彩を宿す様に変わっていったのです。
もう片割の女の子は、
幼馴染の女の子を共に走る様な元気の良い明るい女の子に。
片割の女の子は、そんな二人を見て、
羨ましそうに、でも嬉しそうに微笑む女の子に。
双子の女の子は少しずつ、本当に少しずつですが、
お互いが違う形に変わって、生きました。
――けれど、とある日の事でした。
双子の女の子の周りにいたモノの一つが、
片割の女の子にこう問いかけました。
『君は、あの子の事は好きじゃないのかな?』
その問い掛けに、
片割の女の子は理解ができず首を傾げました。
その片割の女の子は、
もう片割の女の子よりもまだ心が空白でした。
ですから、その言葉の意味が直ぐにはわかりませんでした。
その様子を見て、問い掛けたモノは言葉を続けます。
『その子を見て、一緒に居て、君はどう思ってるのかな?』
その言葉を聞いて、
片割の女の子はまた少し難しい顔をして、首を傾けました。
けれど、それならばまだ答える事ができました。
片割の女の子は、楽しい事と言いました。嬉しい事とも言いました。
偶にもう片割の女の子と幼馴染の女の子が喧嘩をして、哀しくもなったけれど、
次に会う時には再び笑いあえて、その寂しい気持ちは消えてしまうと。
そう、答えました。
其の答えに、その問い掛けたモノは笑みを作りました。
それは、何故だか背筋がゾッとする様な笑みでした。
『それが、〝好き〟という事だよ』
そのモノは言葉を続けました。
『それはとても良い事だ。きっと、その子も教えてあげると喜ぶだろう』
『だから、二人でその子に会った時に、こう伝えてあげると良い――』
そのモノは酷く愉しげに、その少女にその言葉を教えていきました。
一つ、一つ、それはとても丁寧に。
謎解きの答えとは違う答えを教え、惑わすように。
とても愉しそうに。
そうして片割の女の子は、
その教えられた言葉を幼馴染の女の子に伝えました。
けれどその言葉を告げた時に、
もう片割の女の子は酷く哀しい顔をして、
幼馴染の女の子は驚いたように目を丸くしました。
それからというもの、
三人の仲は少しずつ離れていきました。
そしてある日、大喧嘩をして、
その日を境に三人はぱたりと会わなくなってしまったのです。
それから、暫く月日が流れました。
二人の産まれた日を越して、秋が終わり、
冬がはじまり、後数月の日で年が変わる頃の事です。
それは、ある日の冬の夜のことでした。
大事な大事なお祭りを控えたその前の日の夜中の事。
二人の女の子は中々寝付く事ができませんでした。
だって、明日は何よりも大事なお祭りなのです。
その主役の一つは自分達。
緊張しないわけがありません。
それに、幼馴染の女の子の事が気になっていました。
あれから随分と顔も見ておらず、声も聞いていなかったのです。
けれど、このお祭りが終わればまた会えるようになります。
それに、今度はずっと一緒に居られる様になるのです。
二人は大変、喜びました。
会って謝って、早く仲直りをするのだって。
もう片割の女の子は、今から待ち遠しくてたまりませんでした。
きっと、あの子も喜んでくれるに違い無いと。
そして、今度こそちゃんと伝えようと。
そんな中、
二人の女の子は寝付けず少しの間だけ、
格子のついた窓の外から夜の空を見上げることにしました。
少しだけ視界を遮られますが、
二人にとっては大したことではありません。
双子の女の子が住んでいた場所は大きな自然に囲まれ、
街の灯りが届く場所ではなかった為、
普段では見えないような色とりどりのお星様が輝いて見えます。
赤や青、黄色や白、
まるでガラス玉が詰まった箱をひっくり返したような光景。
名前を持ち、けれど、
そんな名前に意味を持たない星々はただただ光を放っています。
二人の女の子達にはその星々の光が、
一際よく煌めいて見えていました。
そんな夜空を見上げながら、
片割の女の子はこう言いました。
『――ねえさま、わたしはあのようなお星さまになりたいのです』
もう片割の女の子は、意味がわからなくて首を傾げます。
だから、『どうして?』と聞きました。
『以前、ねえさまが御本を読んでくれた鳥さんの物語を聞いて、そう考えたんです』
片割の女の子の話を聞いて、
もう片割の女の子は、『あぁ』、と思い出すことができました。
それは、とある鳥が行き場を失い、最期には星に至るお話でした。
それを思い出し、
ねえさまと呼ばれた女の子は少し複雑な表情を浮かべます。
もう片割の女の子に取って、
そのお話は少し哀しく、辛いものだったからです。
だから、片割の女の子のお姉さんであった、
もう片割の女の子はもう一度問いかけました。
片割の女の子は、こう言いました。
『――お星さまは自分という命を燃やして、此処まで光を届けています。
それならば、その光は〝そこにある〟という証でしょう?』
『それだけ命を燃やして、わたし達が見える光となれるのであれば、
それはちゃんとした意味になるのだから。
それはきっと、とても尊い事だと――私は思うのです。
だから、私は――』
〝死に焦れ〟の片割の女の子は、そう願いました。
だけど〝生きたがり〟のもう片割の女の子は、首を横に振ります。
もう片割の女の子は『そんな事は言わないで』と、
片割の女の子を優しく抱き締めました。
抱きしめられた片割の女の子は、
その腕の中で泣きながら謝りました。
片割の女の子は、あの日からずっと後悔をしていました。
もう片割の女の子を想いの邪魔をしてしまった事を。
大事な自分の姉である女の子の光を遮ってしまった事を。
大切な幼馴染の女の子の気持ちに気付けなかった事を。
女の子は、どうしようもなく自分を許す事ができませんでした。
だから、その女の子は自分の大事な姉を、
大切な幼馴染の女の子の許へと送り届ける事を決意しました。
そうして、この御話は――
とある少女の語りに、ある少女はこう言葉を残した。
『――”この話”は、これで終わりだよ、きっと。
途中で終わってしまうのが正しい終わりだからね』
その言葉は何よりも正しい。
この上なく、その物語に相応しい言葉だ。
だから、今から此処で語ったお話はあくまでも〝もしも〟の一つ。
在り得るかも、在り得ないかも、定かではない。
もう誰も観測ができない終わってしまった物語だ。
――だが、その話の一つの結末を言うのであれば。
星になりたいと望んだ少女はその少女は結局〝星〟にはなれなかった。
だが、もう片割れの少女と幼馴染の少女二人は
この地を去り、天蓋に瞬く〝星〟の二つと成り果てた。
片割れの少女の願いは叶わず、けれど、〝星〟になる必要はなくなった。
否、無くなってしまった。
残された少女は星を見上げ、窓辺で鳥のようか細い声で囀る。
「――わたしは見上げる側になりたくなかったのに」
「――わたしをひとりにしないで」
「――わたしをおいていかないで」
「――ねぇ。ねえさま、□□□□、わたしもそっちに連れて行って」
でも、〝星〟は答えてくれない。
ただ、きらきらと冷たい光を放つだけだ。
何時しか、その〝星ら〟は少女の手元に落ちて、戻ってくる奇跡があるかもしれない。
だが、落ちてきた星はもう、その少女が知る〝星〟ではない。
それは同じ形でも、同じ灯りでも、もうきっと別だ。
だから、少女は再びを〝星〟成れる事を待つ。
手を伸ばし届かなくとも。
空を飛び、翼が凍り、あるいは、焼かれても。
それでも、最期まできっと――
〝星〟に成りたいという願いを叶えるまで。