
【九頭竜坂漆刃】
時間にしてみればほんの数年前。
でもこの地で生きてきた俺にとっては
もう、最早振り返っても霞んで見えなくなってしまうような
そんな遠い記憶。
それは
幼い頃の思い出。
俺はいつも見上げていた。
その長く、淡い桃色の髪の女性を。
目が合えば
必ず、優しく微笑んでくれたその人を。
俺には家族が居なかった
拾われた子だったから
でも。幸い、俺には才能があった
ここの世界で生きていくための
生き残っていく為の
闘うための力が
島を守るための力が
誰かに俺がここにいてもいいと
存在を認めさせるだけの力があったから
だから、だろうか。
その人は俺にも優しく接してくれた
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シラハ 「あら、あら……また、モロバ様と喧嘩されたんですか? ウルハ君は、元気なのはいいことですけれど 余り、私を困らせないでくださいね。」 |
喧嘩、というか威勢よく挑んだのは良いのだけれど
いつも通りといえば悲しくなってしまうのだけれど
まぁ返り討ちにあって
一方的にボコボコに叩きのめされただけだった訳で
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ウルハ 「……シロさんは怒んないの?」 |
その人は、諫めることはあっても
他の大人のように怒りつけることは無かった
困ったように微笑んではいたけれど
何方かと言えば
そう、きっと笑ってくれて
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シラハ 「子供とはそのようなものです。 ただし、出来れば、ちゃんと仲直りはしてくださいね?」 |
そう言われれば、とても心が落ち着いて、安心した。
仲直りはできる気がしなかったけれど──
一応、こく、と頷けば
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シラハ 「──ふふ、かわいらしい。 姉と。 そう呼んでも、構わないのですよ?」 |
と、何故か。
そんなことを言われた
でも俺は、なんか気恥ずかしくて
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ウルハ 「~~~~~~!!」 |
何となく、胡麻化して、結局、シロさんって呼ぶだけだった。
────。
俺は、アイツに挑むのが日課になっていた
もしも──。もしも勝ったら、ちゃんと
褒めてもらえるのかな、と
子供心に淡い期待を抱いて
いや、ちゃんと挑むのは、アイツに勝ちたいって気持ちもあったんだけど
一番の理由はあいつがなんかムカつくからとかそんなんだったし。
いつも一人で誰ともつるむことなく
なんかつまらなさそうに他の奴を見下すアイツが
ここに属するもので自分以外はほとんどがつまらないものである
と決め込んでるようなアイツに
周囲の大人からいつも褒められて
周囲の大人からいつも期待されて
シロさんにも特別優しくされて──
そんなアイツに自分を認めさせて、勝ちたかったから
何度も挑んでは泣かされて
みっともなく地べたをはいずることになったけど
それでも他のヤツみたいに最初から諦めて
立場や格の違いを認めて、挑むことすらしない
触れることも恐れるような
そんな真似だけはしなかった。
アイツに勝ちたかったから。
だから、俺の幼少期は常にアイツと共にあったといっても
良いのかもしれない。
だから、アイツが。
先に修行を終えて、中学へ進んでしまったのは
正直、寂しかった。
そんな気持ちを抱えたまま幼かった俺は修練を積んで
転身術と氷魔術の才覚を伸ばしていった
体術は……身体が小さくて。
女みたいだと馬鹿にされるくらい華奢だったオレは
身体を使って戦うのは、まだ苦手だったけれど。
一応、並行して体格に恵まれずとも
柔軟さと身のこなし、暗器の扱いで戦うことのできる忍術も習った。
親身に教えてくれるセンパイもいたおかげもあるけど……
そして──。
共に学んでいた他の先輩より早く。
アイツの後を追うように修行の段階を抜け合格の印を貰った。
若年でありながら御役目を果たすことができる実力を認められる。
それは十分に快挙といえる
シロさんは──。
喜んでくれた。本当に、家族みたいに。
家族っていうのは、知らないけれど、きっとこういうものなんだろうって思えるくらい
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シラハ 「では、ウルハ君。御役目、がんばってくださいね。」 |
御役目の内容、まだ聞いてないけれど。
忍術の修行の最終課題も兼ねてるそうで
心の修行の最終段階
でも、応援してくれるひとがいるから
きっと頑張れると、そう思った。
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ウルハ 「うん、頑張るよ、シロさん。それでね……俺さ──」 |
──俺は、いつか
アイツの羽になりたい。
しばらく会ってないけど。
このままいけばアイツは四兵が一角の代表になるらしいって聞いた
でも、どうせまた一人で誰ともつるまずやってそうだから
俺が、アイツの羽になって支えてやりたいんだ。
その時は、きっとシロさんも一緒に──
もう少し大きくなったら、俺だって恥ずかしげなく
貴方の事、姉さんって呼べるはずだから──
────。
そんな夢を、抱いてた。
そんなこともあったな──。
結局は。
その夢は叶うことはもう、決してないのだけれど。
でも、代わりに。
ちょっとだけ、嬉しいこともあったんだ。
アイツに、認めてもらえた。
闘ってようやく勝つことができたんだ。
だから、今までのことも謝るし
シロさんから教えてもらった料理も
今度御馳走しようと思ってる。
だから──。
──────。
烏山、墓標前。
静かに黙とうしていた顔を上げる。
決意を新たに心に秘める。
何が異常なのか、分からないけれど。
──異能根絶。
──霊的守護。
本当にそれが同じなのか。
俺は烏を裏切るつもりはない
でも、向こうはきっと、そうは思ってくれないのだろうな。
もしかしたら戦わなくてはいけなくなるかもしれない
けれど、きっと諦めたりはしないから
──だから、見守っててくれ
シロさん。
いや
──姉さん……。