侵攻開始から3時間目──
群条エナにやれることを教えた友人"藤実鳴"。
アイドルとしてのエナのパートナー"浦景瞳"。
そして彼女の尊敬するクラスメイト"真尾真央"。
狭間の世界で彼らと合流してしばらくした頃には、エナ本来の姿も次第にハザマに姿を現わし始めていた。
友人たちと共に過ごせる事が嬉しいようで、この世界ですらエナが見せる顔は、笑顔ばかりだった。
瞳が食事を作り終えるまで、しばらく周囲を探索する──そう言って、エナと天使が少し離れた所で言葉を交わす。
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エナ 『なんだか…戦いさえなかったら、 みんなでピクニックにでも来たみたいなのですよ』 |
存在が薄らいでいる少女が、使える素材がないか検めている天使へと声をかける。
全く同じ顔の存在が二人会話している姿は、どこか双子の姉妹のようだ。
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エナ 『あ!ご飯の後で私と瞳さんでデュエットとかどうでしょう!? 真央さんも鳴さんも、きっと喜んで───』 |
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神の力 「……エナさん」 |
少女の言葉を、天使が遮る。
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神の力 「此処でなら…ご自分の状態は、わかっているのでしょう? 貴方がこうして姿を現わせるというのは、少しずつ魂が……」 |
言葉を濁す天使。
はっきりと告げるのは余りに酷で、その先を口にする事は憚られた。
曇りのない笑顔で、エナが天使へ言葉を返す。
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エナ 『……はい。分かってます』 |
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エナ 『───私がもう、死んだ人間だってことは』 |
ならばどうして、そんな笑顔を浮かべていられるのですか──。
吐き出そうとしたその言葉を堪え、ぐっ、と飲み込んだ。
数か月経った今でも、あの日のことは鮮明に想い出せる。
本当に私の選択は───正しかったのだろうか───。
Reminiscence…
≫SIDE:ANSINITY
2019/11/8(金) 11:06
『協奏の世界──斯くも、堕落に没しているとは』
反転した世界の狭間で、一人の声を漏らす、"アンジニティ"が一体。
かつて創造主に否定され、楽園を追われ、否定の世界へと堕とされし天使。
黙示録の喇叭吹き──侵略を告げる先兵として送り込まれた彼女が、協奏の世界を睥睨する。
『異能』──超常の力を持った人間たちならば、欲得を捨て、手を取り合い、平和な世界を築いているのではないか。そんな期待を抱いていた心には、些か落胆の影が落ちる。
過ぎた力を持って尚、その力を己の為に使う人間がいるのかと。
そんな……かつて自分を否定した「神」のような思考が脳裏を掠め、頭を振った。
負の側面ばかり目にするのは、公平ではない。
ワールドスワップの発動が宣告されてからずっと彼女は、裁定していた。
この世界が、簒奪されてもよいものなのか。
この世界の民草が、踏みつぶされてよいものなのか。
この世界に息づく夢は、壊されていいものなのか──。
……否定の世界から視ているだけでは、審判を下すには足りなかった。
それ故に彼女は同胞たちより一足早く、この世界へと赴いたのだ。
そうして世界を視るうちに、一人の少女が目に留まったのは無理からぬ事だろう。
天真爛漫で、純真無垢で、人の善性を信じて疑わない子。
少し思慮が足りないきらいはあるけれど……その在り様はまるで、聖人を思わせる。
そしてその姿は───自分の姿と瓜二つで。
気が付けば、天使の目はその少女を追っていた。
誰かの幸せを喜んで、誰かの不幸に涙して。
結果が出ずともひたむきに前を向いて、必死に走り続ける。
頭が悪くとも、勉強ができずとも、異能が足枷だったとしても、決して腐らない。
……そして、誰かの笑顔を見るのが、何よりの幸せで。
きっと彼女の笑顔は、どこまでも続いていくのだろうと思っていた。
その少女の命は、ある日突然途切れた。
それはきっと、運命で決まっていた事なのだろう。
鉄の塊に突き飛ばされ、砕けて、裂けて、挽かれて、千切られて、破かれて。
彼女の身体も、その先の未来も、全てが壊れて終わった。
「───誰か、助けて」
闇に吸い込まれて消えてしまう筈のその言葉は、けれど確かに、天使の耳に届いていた。
協奏の世界には、未だ存在としての形は持っていないアンジニティだが──不思議と少女と、眼が合った錯覚さえ覚える。
異形の天使は、少女の傍へ膝を突き、祈る。
死の運命を覆す──それは、彼の天使も、その創造主たる「神」すらも出来ない所業。
だが、死の遅延ならばどうだろう。肉体を修復し、その器に少女の魂を繋ぎとめる。
魂を繋ぐ"何か"が在れば、"誰か"が居れば──そのくらいなら、可能な筈だ。
運命を変える事はできない、あくまで先延ばし。
きっと、彼女は死ぬだろう。来るべき同じ日に、少女の魂を運命が収穫するのだろう。
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神の力 『(喩えこれが私のエゴだったとしても──)』 |
"アンジニティ"の異形の天使が、壊れた少女の肉体へと同化していく。
暖かな光に包まれた少女の表情は、事切れる寸前に……どこか、安らかなものへと変わる。
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神の力 『エナさん──貴女を決して、ここで終わらせはしない』 |
異形の天使が少女の身体へ入る寸前。
空間を裂いて覗いていた青い瞳が、虚空へと消えていくのを。
異形の天使の深桃色の瞳は、確かに捉え、睨みつけていた────。
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群条エナ
天使の癒術によって死を遅延させられた人間。 既に死者であり、2020年11月8日、魂が肉体から離れ死亡する。 |