侵攻開始から2時間目──
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神の力 「消えなさい、慣れ果てし者よ せめて苦しまず、穏やかに…」 |
ソラに浮かぶ魔法陣から放たれた光条に撃たれ、崩れ落ちる怪物。
それを見届けた後に、赤い空を睥睨する。
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エナ (皆さんの所に急ぎましょう!えと…天使さんっ!) |
心の中で少女の声がこだまする。
怪物と戦っている間も、"エナさん"はずっと友達の心配をしていた。
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神の力 「……はい。貴方の大切な人々は、 誓って傷つけさせはしません…!」 |
巨大な六枚の翼を翻し、赤い空の下を天使が翔ぶ。
友を助けるために、戦いを止めるために。
Reminiscence…
≫SIDE:IBARACITY
かち、
かち、かち、
かち、かち、かち。
かち───
時計の針が、時を告げる振り子が、落ちる砂粒が
逆へと廻り、さかさまに動いて、上へと昇っていく。
──過去へと、巻き戻っていく。
指し示すのは、アンジニティの侵略が始まった11月8日。
イバラシティに生きる、群条エナという人間が──
───"命を落とした日"へと
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少女が車にはねられ死亡(オオキタ区) 2019/11/08 21:09
8日の午後18時ごろ、オオキタ区の国道沿いで横断歩道を歩いていた少女(15)が軽トラックにはねられ、病院に運ばれましたが死亡しました。 警察によりますと犯人はその場から逃走し、現在事件として捜査中。 遺体は激しく損傷しており、被害者の身元確認も並行して進めるとのことです。 |
2019/11/8(金) 18:06
「こんな事なら、鳴さんと一緒に帰ればよかったです……」
学校の帰り道。
夕焼け空のオレンジの光の中で街を歩く少女。
いつものように風に攫われて、見知らぬ土地をかれこれ小一時間ほど彷徨っていた。
「また遠くまで飛ばされてしまったなあ」とか「ここはどの辺りかなあ」なんて能天気に
考えながら、軽い足取りで家に帰る道を探していた。
はあ、と息を吐けば、橙色に白が滲んで消えていく。
「…わ。ここの焼肉屋さん。たしかオオキタ区ですよね」
見知った店が目に入れば、頭の中に地図が浮かんできた。
駅からすぐそこの、よく行くお店。すぐそこの路地を抜ければ、すぐに駅が見えるはずだ。
また風に攫われないうちに、と速足に駆けだす。
冬の空気が刺すように冷たかったけれど、あまり気にならなかった。
やっと家に帰れると思えば、自然と足取りも早くなるというものだろう。
鼻をくすぐる肉の脂の焼ける臭いをぐっと堪えて、お店を通りすぎる。
ようやく駅が見えた。
駅の前には、よく車の通る大きな車道。それから幅の広い横断歩道があった。
赤く灯った信号機。とっ、とっ、と横断歩道の前で足踏みをした。
3、4回足踏みを繰り返せば、いつのまにか信号は青く変わっていた。
やけに変わるのが早かったのは、きのせいだろうか?
とん、と足を前に踏み出して駅へと続くそこを走る。
ああ、やっと帰れる。
私が最後に聞く事になったのは。
獣の咆哮のような──あるいは、叫び声のようなクラクション。
咄嗟に振り返れば、私の眼に映ったのは大きなトラックだった。
重い車輪に巻き込まれた脚が、めりめりと壊れていく。
自分の骨が壊れて、肉が千切れる感触。
まだ、痛みは来なかった。
必死に自分を守ろうとした腕が、鉄の圧力で壊れていく。
腕の骨が肘から突き出て、指の先から粉々に砕けていく。
まだ、痛みは来なかった。
私の脚を置き去りにして、勢いのままに体が飛ばされる。
たくさんの血をまき散らしながら、道路の対岸へと。
体が思いっきり、コンクリートの壁に叩きつけられる衝撃。
背中から伝わった力のせいで、お腹が破けて、刃のようなあばらが何本も飛び出した。
裂けたお腹から、よくわからないピンク色の物がこぼれた。
視界は真っ赤で何も分からない。
痛い。
どうしてだろう。ちゃんと信号は青だったのに。
痛い。痛い。
どうしてだろう。私、何も悪い事なんてしてないのに。
痛い。痛い。痛い。
どうしてだろう。目がかすんで、身体が冷たくなっていく。
いたい。いたい。いたい。いたい。いたい。
───誰か、助けて。
壊れてしまった自分の身体を見下ろしながら、心の中でそう叫ぶ。
呼びかけには誰も答えなかった。
……太陽が沈んでいく。
斜陽が投げかける光は、街に大きな影を映し出した。
死は、夜の闇が迫るよりも速い──────
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【追記】2019/11/09 0:00
8日の午後22時頃、院内から被害者の遺体が消失しているという事件が発生しました。 窃盗などの可能性を考え、こちらについても警察が捜査中とのこと。 病院関係者の管理責任が問われます。 |
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群条エナ 2019年の11月8日に、交通事故で"死んだ"はずの少女。 ワールドスワップの発動以前からイバラシティに存在していた。 今も生者として振舞っているが、すでにそれは動く死体である。 |
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