
回想 開始──
日本本土、とある都市に平和な日常を過ごす三人家庭がいた。
父は異能非所持だったが勇敢で優しい男。
母は異能所持者だがあまり日常生活で使う事はなかった、思慮深いが少々口が悪い女。
そして一人娘がいた。快活で、友達と遊ぶ事が好きで、泥だらけになって帰ってくる女の子。
女の子は友達と夕方遊び、時間になると母親に迎えられて帰る友達に手を振って帰路につく。首から下げた鍵を使い帰宅すると、夕食の準備を始めた。両親が共働きという環境は聡明な女の子に自立を促し、夕食の用意程度は自分から行うようになっていた。準備が出来ると、両親を待つ間携帯ゲーム機で遊び始めた。
両親がよく家の手伝いをしてくれる女の子に買い与えたものだ。女の子はゲームが好きだった、ゲームをしていればいつか両親が帰ってくる。先の展開と両親の帰宅に胸を躍らせながら、女の子は待った。スマートフォンが着信を告げる。
「ごめんなさい、フーコ。今日は遅くなるからご飯は先に済ませて頂戴」
「……ん、わかった! 気を付けてね!」
残念ながら今日は団らんとならなかった。少しばかり残念な表情を浮かべて、両親の分にラップをかけてから自分の食事を済ませる。
そんな日々だったが、女の子に不満はなかった。両親に愛されている事は理解していたし、仕事が忙しい事も理解していた。だが、両親はそう思っていなかった。
女の子が小学二年生のクリスマスイヴ。
両親は少しだけ無理をして、普段寂しい思いをさせている娘の為に休みを取った。女の子が好きな料理を出してくれるレストランにいって、クリスマスプレゼントを渡し、娘の溢れんばかりの笑顔で両親も笑顔になった。
天気もそれを祝福するかのような雪が降り、幸せなホワイトクリスマスだった。
レストランの帰り道。雪が降る中を車が走る。路面が凍結する程ではない、少し大きな雪が降り積もっていた。車中では家族が先ほどのレストランの料理について楽しそうに話していた。
「あれが美味しかった」
「あれじゃあわからないわ」
「全部美味しかった!」
「それなら分かる」
女の子の感想に両親が笑う。連れて来て良かった。
誰も悪くなかった。
その対向車線に、ライトが見えた。
誰も悪くなかったと繰り返す。
そのライトが、雪に滑ったようにずれた。
ただ運が悪かった。
家族が乗った車と対向車が激突し、ガードレールを突き破って、崖の下に落下していく。
激突と落下の衝撃が家族を襲う。シートベルトをしていた両親は車にとどまる事が出来た。だが、後部座席ではしゃいでいた女の子は、割れた窓ガラスから外に放り出された。
宙を舞い、木々にぶつかり、枝が小さな体を貫いて。
両親も無事ではなかった。ひしゃげた車体が体を挟み込み、オイルが焼ける匂いと、何かが引っかかり不穏な音を立てるエンジンが傍にあった。
女の子が這って両親の元に近づいていく。
「痛い」「お父さん」「お母さん」
両親はその子を助けようと、でも動けず、終わりの時間が近い事を察した。
「来るな」「来ちゃ駄目」
女の子は状況なんて分からない、ただ親の言葉をそのまま受け止めた。
痛がっていてはダメなんだ。近づいたらダメなんだ。
そう思いながら、涙を流して、両親の方を見た。
車が炎上する。
車中の両親が燃える様を少女は見た。
人が燃えながら、悲鳴をあげて暴れる様を見た。
そして、少女は腹を枝に貫かれたまま、気を失うように出血死した。
剣ヶ峰楓子。最初の死。
──回想 終了