
ことイバラシティに於いて、異能というのは固有のものであり、個別のものであり、個性そのものだ。
そうそう容易く挿げ替えられるものではないし、心身に伴い成長することだってある。時折、過ぎた力に振り回される人間も出てくる。それでも、基本的には生涯付き合うことになる──そういうもの。
平たく言うならある種の才能だ。足が速かったり勉強が出来たり、あるいは顔面偏差値とか、そういうのの類。……だと、俺は勝手に思っている。
個人と切り離せないし、嫌ったってどうなるものでもない。便利さを誇る奴だっているだろう。その辺りは各々の勝手だ。ただ、あくまでそいつの一部分と言うだけで、そいつの全てではない。生きていく上での道具の一つ、くらいの捉え方が気楽でいいんだろう、現に俺はそう考えて今まで生きてきている。
生きてきていた。
「…………ああくそ、愉しそうだな"向こう"の俺はよ。俺だって司ちゃんに会いてえわクソが」
一時間に一度、時報代わりの記憶の流入を経て、俺は忌々しく呟いた。
視線の先、少し遠くにはぶっ飛ばしたヤンキーを足先で突く元泥団子の精霊がいる。
辺りを絶え間なく見回しては、ふらふらと歩いては戻りを繰り返す。見ていて危なっかしい。
アンジニティ勢力の一人との交戦を切り抜け、一息ついている最中だった。
どうやら彼女は、こちらの気力体力などを吸い取って活動している。そう気付いたのは戦闘時、彼女が張り切って前に出た瞬間に急に視界がくらくらした瞬間だった。
異能──『一定量の血液の消失を代償に、接触する鉄分子を操作する』力を持つ俺は、その貧血にも似た感覚に馴染みがあった。とはいえ、ああなるまで行使した記憶はここ数年ないが。
発作がぶり返さないよう近場の瓦礫に腰掛け、"それ"に声をかける。
「おい、お前。さっきの話の続きだ」
「……どれ? そのくさ、おいしいのってはなし? たぶんとてもおいしくないよ」
「あ、そうなの? じゃあ止めとくか……じゃなくて」
荷物を脇に退ける仕草。
会話のテンポが独特なので、どうにも本題に入り辛い。
「"わたしはあなた"だっていった話」
ああ、と大したこと無さそうに頷いて。
それから、胸に手を当てこう名乗る。
「わたしは……ええと、そうだね。タウ、とでもいっておく」
タウ。牛とかそっちに由来するものだろうか。確かにまあ、胸元はそれっぽいけれど。
「……言っておく、ってーと偽名?」
「さっきまでなかったから。あなたのせいでね」
俺の所為としておきながら、咎める様な物言いではない。
いや、そもそも咎められる覚えがない。何が俺の所為なのか、皆目見当も付かない。泥団子の精霊の命名権を放棄した覚えなんて、当たり前だが生まれて一度たりともない。
ひょっとして保育園の時に砂場のどっかに埋めたっきり掘り起こせなかったアイツか、などと頓珍漢な方向に思考が走り始めたとき、不意にタウが俺の手を取った。
「わたしはあなた。だけど、あなたはわたしじゃない」
「禅問答をする気はないんだが」
「そんなにふくざつなはなしじゃないよ。ほんとうに、それだけのことだから」
……考えるのは嫌いだが苦手じゃない。
そのはずなのだが、どうもピンと来ない。貧血に似た症状と、訳の分からん女(?)と、それから禅問答。
数種類のパズルを混ぜ、適当に摘まんだものを一つの額縁に並べている気分だ。
だから、一つずつ解いていくことにした。
貧血。まあさっきも述べたように、タウが戦闘態勢に入った瞬間怒った。アイツが色々掻っ攫ったとみて間違いない。
訳分からん女(?)。タウと自称。もともと異形の外見だったが、俺の血を吸い取って人型に変容した。たぶん、供儀とかそういう形態で俺がこいつを使役している形になっている。何故俺に付いてきていたかは未だ不明瞭。
禅問答。これがイマイチ。コイツは俺で、俺はコイツじゃないらしい。双方向ではなく一方通行、俺という存在にコイツが包括されてい、る──。
「……いやいや」
まさか、と言いたくなるような予想が一つ立った。憶測以下の思い付きでしかないようなものだ。
それでも、他に思い当たるものもないから、恐る恐るといった調子で声に出して確認する。
「お前まさか、俺の異能……?」
答えは、言葉ではなく悪戯っぽい笑みで。だから余計に確信を持つ。
ああなるほど、確かにコイツは俺だ。この笑い方は、とても覚えがある。
ことイバラシティに於いて、異能というのは固有のものであり、個別のものであり、個性そのものだ。
平たく言うならある種の才能。足が速かったり勉強が出来たり、あるいは顔面偏差値とか、そういうのの類。
個人と切り離せないし、嫌ったってどうなるものでもない。便利さを誇る奴だっているだろう。その辺りは各々の勝手だ。ただ、あくまでそいつの一部分と言うだけで、そいつの全てではない。生きていく上での道具の一つ、くらいの捉え方が気楽でいいんだろう、現に俺はそう考えて今まで生きてきている。
生きてきていた。
切り離せた。っていうか勝手に出歩いていた。