
彼女がこの世界に飛んだ時、忘れていた、いや欠けてしまった記憶の欠片を取り戻す
自身の背に存在を主張するように仄かで柔らかな光を放つ真っ白な翼は、
過去に一度この世界に飛ばされた時に命がけで護ってくれた天使の形見である事を
だからこそ僕は……
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雪月結華 「一生懸命生きないとなの」 |
託してくれた天使の為にも……僕は……
心から堅くそう決めた所でそこでふと皆の顔が脳裏に過ぎて、怪我がないかどんどん不安になってきて探したくて仕方なくて……
この翼で飛んで空から探せないかなって、昔みた天使さんの真似をして翼を動かそうとしたら、あっけないくらい素直に動いて、一羽ばたきしたらぐっと一気に空へ飛んで気づいたら、遠くまで見渡せるほど高く飛んでいた
でも、どこまでも続く瓦礫と荒地が広がる異空間で広がるだけで何も人影もみえない……だから僕は……
一息吐いた後、どこまでも遠くをみる為にその言葉を紡ぐ
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雪月結華 「神代結華の名において願う―――」 |
目を閉じて紡がれた名乗りと言う名のキーコードは、ただの声であり、音でありながら濃厚な霊気いや、神気が宿る……その言霊は、神に直接願い、万物の理を超え叶えられる古き世の特殊な巫女の証であり、現代まで脈々と受け継がれた色濃い血の証でもあった
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雪月結華 「我が目を何処までも見通し何一つ見落とさせない鷹の目としたまえ!」 |
かっと開かれた瞳は金色に光り輝いており、その瞳からも神気と霊気が混じったものが漏れ出していた
そして彼女は願うままに与えられたその遠くを見通す目で改めて周りを見渡す
さきほどよりも遙か遙か豆粒以下のしか見えなかった何かさえも鮮明に見え……彼女は発見する
遙か遠くで戦う自分の……師匠でもある兄代わりの人の姿を
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雪月結華 「(……あそこにお兄ちゃんがいるの……でも弓もってない……でも……)」 |
イバラシティにおいて彼女のもう一つの異能は弓となる実物が必ず必要であった
しかし……彼女にこの翼と弓の力を与えてくれた天使さんは戦う時……光を武器の形にしていた
けっして実物の何かを使ってなかった……
なら……
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雪月結華 「僕も同じ事ができるはず……ううんやってみせるの……」 |
自分に言い聞かせながら強く念じる……イメージするのは使い慣れた和弓
そして彼女の異能は、彼女が思うままの武器の形を……作り出す
その弓を彼女は何の迷いもなく光の矢を番え、引く
狙うは、この目でなければ豆粒以下しかみえないほどの距離が遙か離れている先
その距離はちょうどイバラでいつも仕事として射ている距離よりも遠くで
でも不思議と外れる気がまったくしなくてその矢を何の不安もなく放つ
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もう何度目だろうか、こうして目の前にいるみた事のない生き物を切り裂くのは
この世界に飛ばされた時、ちょうどガラクタで右腕の義手も作った上で呪装刀蒼牙を手入れしていた
そのためか、その刀もガラクタの義手も持ち込めた
だから最初遭遇して襲ってきたこの生き物も問題なく倒せたのだが
どうやら群れが近くにあったらしく、間をおかず何十体もいる集団に襲い掛かられ、囲まれる
しばらく戦っているうちに服は少しだけぼろくなっていったものの、細心の注意を払って怪我は負わないようにもしていた
だが倒しても倒しても一向に減る気配がない
もちろん強くもないため、戦っていればそのうち倒せるが……
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東堂玄樹 「(味方もおらず、これが終わってもすぐに襲われる可能性がある状態ではそれをやるのは悪手でしかない)」 |
しかしここで無理やり囲みを突破すれば要らぬ怪我を負いかねない
下手な怪我をすれば……この世界のどこかにいるかもしれない二人心配させるだろう
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東堂玄樹 「(だがこうしていても埒があかないのも確か……か)」 |
一瞬考えた後覚悟を決めて手に持った蒼牙を持ち直せば、仄かに光に反射して刀身を蒼く光る
そんな美しくもある蒼い刀身のこの刀を内心頼もしくも思いつつ、目の前の敵に切りかかろうとした瞬間、右斜め前の敵の体に大穴が空き、消滅する
斬り終わって一拍置いた後、今度は左斜め前の敵がさっきと同じように大穴が開いて消滅する
どちらも当たる前に一瞬見えたものはどことなく聖なる光を感じさせる光の矢のような形状のものがまっすぐその体に向かっている姿であった
一瞬飛んで来た方向をみてもそこには何も見えず、殺風景な風景と今も光の矢に射貫かれている敵の姿しかなかった
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東堂玄樹 「こんなことができて……俺を手助けする理由があるものなぞ……」 |
条件に当てはまる知り合いは脳裏に一人しか思い浮かばなかった
あくまでできても不思議ではない程度ではあったが
……しかし本当にそうかは何一つ確証はなく、でも一つだけ確かなのは、俺が今ここを切り抜けるのを手助けされている事実だけであった
正面の敵を斬って前へ進むたび、死角から攻撃しようとしていた敵は、討ち損ねた敵は次の瞬間体に大きな穴を開けて消滅していく
十、二十と支援射撃を受けながらただまっすぐ前にいる敵を斬り、そして進んでいっていつしか包囲を抜け、何もない前へ飛び出していた
その後を敵も追いかけてくる気配を感じたため、振り向いた瞬間、上空になにか光が瞬いたのに気付く
そして空から俺を追いかけてくる敵達へ向かって流星雨のような、空を覆い隠す数の光の矢が轟音と共に降り注ぐ……
土煙すら舞うその攻撃の後に残されたものは、何一つ残されていなかった
それを土煙が晴れて広がる景色を見ながら、しっかりと確認し、徐に空を見上げる
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東堂玄樹 「(逃げるつもりはないがもしもあいつじゃない場合も想定せねばならんな。少なくとも手助けをした以上、対話は通じるはず)」 |
そして待ち始めてどれくらいの時間が経っただろう
向こう側の空から大きな鳥の影が見えてくる
いや、近づけば近づいてくるだけそれは鳥ではなく
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東堂玄樹 「天使……の翼……か」 |
そう表現しかできないほどに厳かな光を仄かに称えた真っ白な翼を生やした覚えのある制服と顔をしたのがこちらへ向かって近づくように飛んで来るほどはっきりと見えてくる
そしてその翼以外は見覚えのあるそれは、少し手前にスカートを押さえながら降り立つと、「シュワ!」っという掛け声と共に、どこぞのヒーローのような決めポーズを決める
さきほどの雰囲気がわりと台無しで苦笑いしか漏れなかった
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雪月結華 「どう!?ハルキお兄ちゃん!知り合いさんを真似してみたんだけどキマっているって思わない?」 |
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東堂玄樹 「開口それか……今の状況を――――」 |
蒼牙を腰に差した鞘に納めながらそう言いかけた瞬間、少女、いや雪月はポーズを取るのをやめ、表情がすっと真剣そのものになる
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雪月結華 「分かっているからだよ、お兄ちゃん……本家の仕事している時と同じで怖くてたまらなくて……だからこそ―――――」 |
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雪月結華 「だからこそ、僕は笑顔でいるの!明るく振舞うの!……きっとお兄ちゃんしか近くにいない今しかできないけど、それでも僕/私は笑顔でいるの」 |
そう満面な笑顔で言い切る雪月は輝いていて……だからこそ俺は苦手だ
この少女の事が心から
俺はきっとそこまでまっすぐ進めないから
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東堂玄樹 「わかった……なら何もいうまい、ちなみに周りは?」 |
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雪月結華 「お空から確認したけど周囲には敵っぽいのはいなかったよ?気配が消すのがうまいのがいない限り!」 |
翼をたたみ、こちらに近づいてくる雪月はどことなく自慢げであった
先まで満面な笑顔だったのに本当にこちらの素はころころと表情がかわる
……雪月にとっていつもの礼儀正しいお嬢様と今の子供みたいな雰囲気のはどちらも素だと依然聞いた事あるが、やはり俺はこちらの素はより苦手だ
自分の闇が強く見せ付けられるようで
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東堂玄樹 「もしいたらもうお手上げだからな」 |
でもそんな心の内を覆い隠して微笑むのはもう慣れていた
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雪月結華 「えへへそうなの!」 |
そして俺達はその言葉に笑い合って、この場を後にする
……俺は胸の内に色々な物を抱え込みながら