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「…それ、手伝おうか?音和君」
「え……?あ、いえ……その」
高等部にあがってすぐの頃。
学年が変わり、新しい友達作りに励むクラスメイト達の中。
孤立しはじめていたあたしに、はじめて声をかけてくれたのが古浄さんだった。
先生に頼まれてプリントを職員室に運ぼうとした時、手伝いを申し出てくれたのだ。
あたしはもちろん断ったけど、色々と言いくるめられて結局手伝ってもらった。
そのあと手伝ったことを口実にお茶に誘われて、それなりに話をした気がするけど…
緊張していたからあんまり覚えてない。ただ…
「これで友達なのだから、かわいらしい名前の方で。かなで君と呼ばせて欲しい」
色んな話をした最後に、そう言ってくれたのだけは覚えている。
親や弟以外に名前で呼ばれるのは慣れなくて、少しだけ変な感じだったな。
・・・・・・
古浄さんの最初の印象は…すごく落ち着いていて大人な人だな、だった。
だけどたまに子供っぽい仕草をしたり、かと思えば役者さんみたいな言動をさらりとやったり。
クラスのみんなを引っ張っていくようなカリスマもあって、
時が経つほど、なんというか思っていたよりすごい人だというのがわかった。
声は綺麗だし、美人だし、背高くてかっこいいし、みんなの中心にいるような…そんな人。
うん。とても、あたしの友達だなんて言っていい人ではない。
そう…あたしなんかと関わっていい人ではないのだ。
なのに。
「かなで君、次は移動教室だよ。一緒に行こうか」
「かなで君、このあと時間あるかい?
気になっているカフェがあるんだ。一緒にどうかと思ってね」
「今度公開される映画なんだけど。かなで君はこういうの、興味あるかい?」
古浄さんは最初にお茶をして以来、あたしに頻繁に話しかけてくるようになった。
あたしとしては、クラスでひとりぼっちなんて慣れたものだったけど、
優しい古浄さんは、あたしが孤立してるのを見て可哀そうだと思ったのかもしれない。
ううん、どうなんだろう。クラスがまとまってないと嫌なタイプなのかも。
とにかく、人生でこんなに喋ったことあるのかってくらい、古浄さんとは言葉を交わした気がする。
…そういえば古浄さんと話すようになってから、クラスメイトと話す機会も増えた。
最近ではクラスメイト以外の人ともたまに話すようになった…気がする。
古浄さんと友達になる前は、人と話すのが好きじゃなかったのに。
今は少しだけ。ほんの少しだけ人と話すのが楽しいと思える。
…古浄さんは、あたしにとっての光だ。
怖くて通れなかった知らない道を、照らしてくれる。
暗くてよく見えなかったはずの世界に、色がついて見える。
…だけど、怖いこともある。
どうして古浄さんがあたしと友達でいてくれるのか、わからない。
あたしは古浄さんと友達で良かったことばかりだ。
でも古浄さんは…?あたしと友達になって何かメリットがあるだろうか。
何度も思っていることだけど、あたしは古浄さんと釣り合うような人間じゃない。
本当は友達だって言ってもらえるほどの価値はない。
…だから今の関係がいつまでも続くとは思っていない。
いつかあたしよりも仲のいい友達が多くなって、あたしとは話さなくなるかもしれない。
クラスが別になったり、卒業したあとは、関わることがなくなるかもしれない。
あたしと一緒にいるのがあんまり楽しくないって気づくかも。
そもそも、あたしなんてたくさんいる友達のうちのひとりでしかないし…。
特別なんかじゃない。わかっている。
なのに期待している自分もいて、それがおこがましくて気持ち悪い。
あたしはあたしのこと、あんまり好きじゃないから。
古浄さんの1番近くにいたいと思う自分が、許せない。
…………。
…もしあたしが、あたしじゃなかったら。
もっと可愛い顔で、華奢で、髪もさらさらで。
人当たりがよくて、よく笑う女の子だったら。
「だったら……良いのに」
違う誰かになりたいな。
もっと自分に自信が持てるような、誰かに。
古浄さんの隣にいても許されるような、誰かに。
ぐらり。
ふいに視界が揺らいで、目の前には赤黒い空が――――…………