なにもない場所を、彼女は見つめていた。
もちろん、厳密に言えば「なにもない」ということはない。彼女の視線の延長線上、窓の外には景色が広がっているし、そこではいつもと変わらない日々を人々が過ごしている。
しかし、その手前。窓を隔てた手前―――物に溢れて散らかった部屋には、周囲の物を適当に退かして確保したと思しき「空間」があった。彼女が見つめているのは、まさに「それ」だったのである。
「……イメージ、する」
彼女は呟き、脳裏に描く。
存在しないものを。小さい罅割れを。異界の門を。《彷徨する裂け目》を。
「―――ッ!!」
その音は稲光に似て、確かに空間を「裂いた」。
現実を上書きする、非現実的な光景。
すなわち、それは「異能」によって齎された光景のひとつだった。
ミシ、パキ、と軋み欠けるような音が「裂け目」から聞こえてくる。
それは、自身の存在の不安定さを主張する悲鳴のようでもあった。
「『開いた』っ! 今度は何が……ひゃッ!?」
彼女が「裂け目」を恐る恐る覗き込むと、そこからは一羽の鴉が飛び出した。
それはカアカアと鳴きながら窓から飛び立っていき、やがて街に溶けてすぐ見えなくなった。
「……ああ、才能ってなんなんでしょう。少なくとも、今のおれからは縁遠いモノってことだけはわかりますけど。それとも、部屋をブッ壊すようなモノが出てこなかっただけ良かった、と思えばいいんでしょうか。確かに「裂け目」の大きさくらいは制御できるようになってきたのかもしれませんケド……」
窓の外を眺めながらぼやく少女の側に、もはや「裂け目」は存在しない。
元通りに、すこし散らかった部屋が広がっているばかり。
ちょうど、その時だった。
彼女の脳内に、見知らぬ男の声が流れ始めたのは―――