
空想は羽ばたく翼。
空想は現実を裂く刃。
空想は最後のページ。
荒廃した土地が広がる。
周囲を見渡してもどこもかしら黒、赤、黒、赤、黒、赤
僅かに見える地平線の向こう側まで赤黒い世界が伸びている。どんな色もすぐに塗り潰してしまいそうな堕ちた世界。
そんな世界に、青い人影が煌々と立っていた。
 |
クレアルド 「始まったのね。…それにしてもお風呂の直後とは良い趣味してるわ」 |
クレアルドの長く美しい青髪には未だ水滴が流れ色香を放っている。
男女構わず魅了する流麗な裸体を隠そうともしない。先ほどまで温水を浴びていた白肌は火照りの熱で紅く色気付いて、まるで情事の渦中だ。怯えも恐怖も一切持ち合わせてない日常的な表情のまま、唇の水気を舐め取る。
右手に持っていた本を濡れた股に挟むと、左手のバスタオルを両手に持ち変えて全身の水気を拭いていく。
 |
クレアルド 「ロケーションは最悪ねぇ、地獄そのもの。この先もずっとこのままかしら―――でもまぁ面白い」 |
口角が歪む。
空想は羽ばたく翼。
ある日、突然脳内で視えたシロナミからの言葉を、クレアルドは全て信じていた。
信じる根拠は本が好きだから、それだけだ。
そこから物語を編むように空想を広げてもう既に多くの過程を描いてきた。
ゆえに驚かないし、備えて常に本を携帯する癖を身につけていた。
空想は現実を裂く刃。
本一つで世界を創れる。
ページ一枚で多くが実現し、破綻し、夢を叶える。
文章一行で生命が宿る。
クレアルドは自身の異能を応用力だと定義している。
文章と文章で表現される応用は、魔法と呼ぶに相応しいものだろう
空想は最後のページ。
物語の最後のページは結末だ。
死によって終わるものだろうか。決してそうではない。
では最後のページはいつ誰が決めるものだろうか。
それは誰でもない自分が決めるものだ。
―――6年前、最後のページを閉じたはずの本は、まだ続いていたと確信する。
 |
『お前達の父親はアレだ』 |
 |
『クレアルド、あちらで楽しいことをしましょう♥』 |
 |
『…はい、ラフィールお姉様♥』 |
 |
『―――――』 |
 |
『お嬢様っ?!何をされているのですか、おやめください!!』 |
 |
『君は…その歳で……どこでそんなことを……』 |
 |
『お姉ちゃん…泣いてるの…?』 |
 |
『魔女め……関わらなければよかった…』 |
 |
『魔女の子は魔女だったか。…それで私はどんな契約を結べばいい』 |
 |
『…貴様は辱めて殺す。地獄でも殺す。何度でも殺す』 |
――私は魔女「だった」。魔女クレアルド。
多くの物語に介入し、一つの紅い本を燃やしつくした魔女。
 |
クレアルド 「36P 15行目」 |
手元にある唯一の本を開く。劣情が愛へ変わり、愛しい相手の肌を撫でるように、――文字を愛でる。
本の魔女 Witch of books 異能が発動する。
 |
クレアルド 「この魔法【使い方】も久しぶり」 |
光が裸体を包み、弾ける。
 |
クレアルド 「やはりこの作者の物語は最高ね、相性抜群。 ……?」 |
その時、気付いた。イバラシティでの発現とは全く異なる使用感。明らかに出力が上がっている。
クレアルドは異能の可能性が広がった事実に身震いする。空想は羽ばたく翼。
この環境で可能性を追求したい衝動を無視することができない。
 |
クレアルド 「フフッ…貴方の全てを愛してあげるわ、覚悟して頂戴」 |
本の題名は『叛逆の魔女』。彼女にキスをして歩きはじめる。
向かう先は叛逆か、可能性か、最後のページか。
◇
一瞬、脳裏に焼きついた顔が浮かぶ。それはとても純粋で綺麗で眩しい笑顔。
胸の奥がチクリと痛む。
図書館管理室での熱を帯びての理性の故障。魔女に戻ってあの正体がほんの少し理解できた。
あの子が綺麗すぎる。そして私があまりに汚れすぎている。きっと太陽に近付きすぎたのだ。
魔女の落した影が揺れる。