
<<魔王>>
そう呼ばれるようになった彼女に真の名などなく、真名を呼称する必要もない。
先代魔王の娘である彼女には、天性の才能があった。
その力を存分に奮い、先代に引き続き魔王となったのだ。
それを快く思わない魔物も数多くいた。
”先代の娘だから””才能があったから”
ただの僻み。ただの妬み。
気の小さい彼女を怒らせるには充分であった。
まるで――彼女自身の力ではないとでも言うかのように。
しかし、ただ暴力で否定するだけでは意味がない。
黙らせることは出来ても、それは理論を肯定してしまっているようなものだ。
ワールドスワップの話が来たのは、魔王についてから幾重の時を刻んだ頃だろうか。
アンジニティで順調に領土を拡大していたが、ワールドスワップに巻き込まれてしまう。
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魔王 「気に食わんな。我以外の者が侵略だなどと」 |
魔王はたかだか1つの島への侵略になど興味が無かった。
しかしアンジニティに所属する以上、免れない。
魔王はアンジニティとして、イバラでシミュレーションを行うことにした。
”もしも魔王にあらゆる才能がなかったら”
ワールドスワップにおいて、魔王がイバラシティの自分に貸したIF。それこそが、真尾真央という少女の正体である。
予想通りというべきか、最初は上手く行かなかったようだ。だが少しずつ努力は実り、成果を出している。
中学の時は不合格であったブランブル女学院にも合格し、筋トレを続けて他校の不良生徒とも戦えるようになった。アイドルにもダンスの才能を認められた。
まだまだ魔王として未熟だが、15歳という少女としては破格のスペックを見せていることだろう。
――無論、魔王は満足するはずもなく。
魔王であるならば、あらゆる困難を跳ね除け、勝ち進まなければならない。
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魔王 「我こそは魔王――アンジニティの魔王である」 |
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魔王 「アンジニティの者共よ! 貴様らを滅ぼすのはこの魔王である!」 |
さて、ここまでが先日、アンジニティからの侵略直前までの話だ。
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魔王 「やれやれ。仮初の友情ごっこも、ここまで広がるとはな」 |
自身の行いを思い返す魔王。
――眷属、ヒクイナ。
この魔王を好きだなどと宣言した人物。
全てはヒクイナのことを眷属と呼んだ時から、運命の歯車を回したのだろう。
やれカチコミだなんだのと侵略する自分は、魔王らしいと言えば魔王らしい。
少なくとも、そのようなものと無縁なはずのイバラシティでの生活の中では、の話だが。
その中で、よく付いてくる彼女を眷属と呼んだ。
呼んでしまった。
この魔王がアンジニティからやってきた時点で、その恋は最初から叶わないというのに。
自分は愛されたことなど無かった。
忌み嫌われ。
嫌う者を実力で黙らせ。
その度に『先代魔王の娘だから』と捨て台詞を吐かれ。
感情など絶対に顔に出してやるものかと、幾度無表情で斬り捨てていったことか。
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魔王 「愛……か」 |
初めて受けたものが、同性から。
それも、叶わぬ恋と来た。
運命などというものは、いくらでも力でねじ伏せてきた。
魔王を倒す運命にあるという勇者は我が軍門に下した。
魔王を滅ぼす運命にあるという災厄の鐘は滅ぼした。
いくらでも。
いつだって。
どのような大きな運命であっても、魔王にとって障害たり得るモノではなかった。
だというのに。
恋……恋だと?
このようなちっぽけな、たかだか人の番の相手を探す行為でしかない、こんなものの。
こんな小さな願いは、大きな世界の歯車によって、既にねじ切られることが確定している。
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魔王 「惑わされてくれるなよ、イバラシティの"魔王"よ」 |
ハザマの記憶はイバラシティに持ち越せない。
イバラシティの魔王は、運命のことなど知りもしない。
知りもしなければ――抗いようがない。選択肢は示されない。
どうか、叶わぬ恋に落ちないように。
神になど祈らない。祈るのは自分自身にだ。
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魔王 「むう、眷属のことだけで妙に日記が延びてしまった。次じゃ次!」 |
――学校。
あらゆる偏見のなく、多人数で学ぶ場所とは初めての経験だ。
無論、イバラシティの魔王は住民の例に漏れず小学校から通っているが。
不思議なものだ。
少数の才よりも、多人数の成長を前提にした機関というのは。
しかし人という非力な種族が生きていくには、合理的な方法とも言える。
魔王の領地では、魔族それぞれの特徴を活かす方が効率的であった。
炎の魔族は雪山には住ませられないし、水棲の魔族を陸に上げるなどもってのほかだ。
ましてや、魔族とは自らの努力によって道を切り開くもの。
先人の知恵に従うとしても、親くらいのものだろう。
ゆえに、得意分野に秀でている者を呼び、全員に学ばせるというものは正直新鮮だった。
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魔王 「学校か。領地に戻ったら、こちらは様々な可能性を検討しよう」 |
イバラシティの魔王の通うブランブル女学院は、基本的には閉鎖的だ。
どうやら偏差値という人の実力の基準、その最も上の学校を選んだようだが……この魔王が知見を広めるには不都合だ。
毎日のようにやっているカチコミを今後も繰り返し、様々な制度の学校を見てもらう必要があるだろう。
――学校といえば、生徒会。
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魔王 「魔王ともあろうものが! 他人の下に付きおって!!」 |
いけない、つい怒りを口に出してしまった。確か――次期生徒会で会長を下す予定だった。
それまでは他人の下に所属する生活である。
そのような経験も、父親の下くらいでしか無いので新鮮といえば新鮮だが。
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魔王 「いかんな、怒りで筆が進まん。次じゃ次」 |
そういえば、父親。イバラシティの父親は記憶に無い。
当然だ、自分はアンジニティだから。
誰かと入れ替わったのだとしたら、両親も存在するのだろうけれど。
ワールドスワップの時には既に独り暮らしを始めていたからか、両親の顔は思い出せない。
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魔王 「ま、構わんじゃろ。我の父上は1人だけ、それでよい。」 |
――さて、今回はこんなところか。
アンジニティの魔王である以上、敵対するのはアンジニティの者共だ。
この魔王の下、貴様らを滅ぼす。
覚悟はとうに出来ている。
力で屈服させるのは得意分野だ。
なに、その中にイバラシティの魔王の知り合いがいようとも――
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魔王 「首を洗って待っているがいい、アンジニティの侵略者共よ!」 |
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魔王 「ハーッハッハッハァー! 我こそは! 魔王である!!」 |