――目が覚める。夢から目覚める。天使が一人、言葉を紡ぐ。
語り部の天使
遠い遠い世界の果てで、過去を語り紡ぐ天使。
いつかきっとたどり着く、一人の少女の成れの果て。
誰もいない、何処でもない、何処かにて、天使は一人、誰かへと語りかける。
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『――おはようございます。 さて、続きを語りましょうか。』 |
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『私が見たあの光景を。私が産まれたあの時を。 …痛くて辛くて、でも暖かなあの記憶を。』 |
―あれから、どれほど経ったのか。きっと、そこまで時間は経っては居ないであろうが…それでも、一人の少女のような少年が居なくなったことが、忘れ去れるには十二分な時が流れた頃…。
再び、贄が集められ、そして私に捧げられようとしていた。
人々は逃げ惑い…されどもそれが叶わぬ状況で、ただ、助けを求める声だけが、”私”の元へと届けられ…けれども”私”はそれに何事も反応することも無く…あるはずの無い心を刺激されるはずも無く…ただ、そこに”あり”続け、ただただ恐怖を振りまいて…そんなときだ。
――ヒーローが現れたのは。
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『その後、ヒーローが何をしたかって?決まってます、助けに来たのですよ、その答えは一つ。』 |
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『ヒーローは助けました。多くの人々を。逃げ惑う贄たちを…”私”から救い出したのです。』 |
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『けれども当然、全てを救えるほどに、ヒーローは万能ではありませんでした。 …そうですね、以前のように、一人の小さな少女が”私”の犠牲となる。そのはずでした。』 |
――けれども、そうなはならなかった。
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『…助けたのです。ヒーローは。 あの時、伸ばせなかった手を伸ばし、助けを求める手を取ったのです。』 |
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『ヒーローは確かに、あの時出来なかったことを成し遂げたのです。 …己を”私”に捧げることになったとしても。』 |
――そして、”私”はヒーローを喰らった。その心を、肉体を、精神を…一つ一つ丁寧に貪って…そして飲み干して……そしてその心を”理解”した。
抱えていた後悔を、目指していた理想を、やるべき使命を…私は知った。知ってしまった。
――目が覚める。夢から目覚める。まどろみの中から”私”が産まれ出でる。
最初に感じたのは生ぬるさ。紅く染まった液体に塗れた己の身体を、そっと確かめるように指で撫で…そして見下ろす。
緑の髪。紅い瞳。…少女のような身体。…ああ、そうか。これは”あの子”の……。
それを認識したときには、自身を濡らすこの液体が…この状況そのものが、ひどく不快に”思えた”。
ああ何故…あんなことを私は…何故、今更になってこうして…。
その後悔が、いまここで産まれた”私”を責める。胸の痛みを創造する。辛いとという感覚を私に与える。
それでも――こうしてそれを理解できたという感動に、あの行動の尊さに、確かな暖かみを感じていて…。
―だから、この身を壊したくなるほどの罪悪感をこの時は飲み干して。
今はこの暖かさを、この幸福を教授しよう。あの子がくれた、あの人がくれたこの心を守り抜こう。
せめて、そんな子供とヒーローが、この世界にいたことを、きっと私は残さなくてはならないから。
――私の名は、私の姿は、私という存在の基盤は、そうして決まった。
―こころはいたくてつらくて、でもあたたかい
それが、産まれる筈も無い、”私”が抱いた最初の……
狭間の狭間の世界にて―
夢見る少女
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……ああ、私が”そう”であったのは、そのため、だったのですね? |
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そうしなければ、私は私でいられない。それが無ければ、私はここにはいられない…そういうことですね? |
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……だから、私の結末も、きっとそういうことなのでしょう。 |
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………ああ、本当に。人の心は痛くて辛くて…。 |
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けれどもとても暖かいから…。 |
少女の瞳から、一筋の雫がこぼれる。
今はただ、愛しい人の名を思い返し…その想い出を出来うる限り、よりよきものを重ねられるように―
夢が覚め、目覚めた頃にはまたこの一時の感傷も、きっと消えてしまうのだろうけれど。
それでも確かに、きっとなにか、残るものがあるはずだから。