その歪みは小学校6年の夏休み手前まで続く。
認められたいがための行動はそれまで一度も認められたこともなく、不思議な力が認知されていない街ゆえに言いふらすわけにはいかず、それでいて力を振るい続け。矛盾には気づいていた。それでも引き返すことが出来なかった。これでだめなら、次はもっと頑張る。リオネル・サンドリヨンはそういう方向に考えてしまっていたから。
終焉のきっかけは、存外ささやかなものであった。無論、リオネル・サンドリヨンの願いが叶ったわけではない。彼は、それほど『幸運ではない』。
1学期最後の日、偶然忘れ物を取りに学校に戻ってきた。その時、たまたま見てしまった。
ヒサシガワ ノボル
かつての友人 恒川 昇 が他のクラスの者に囲まれる姿を。この時点でリオネル・サンドリヨンは昇のことは友人と思っていなかった。そうかといって忌み嫌っていたわけでもない。昇がこのような状況に陥った経緯も分からなかったが、見捨てることも出来ず。
昇は、敵意を抱かれていると認識した。
このままでは、もっとひどいことが起こるかもしれない。それは、『耐えがたいこと』だと感じた。
その敵意の矛先を自分が『喰らえば』、その耐えがたいことは防げるだろうか。
最早慣れた様子でそう考えると、ずっと残り続ける甘い味がひときわ強くなった。そのタイミングで、扉を開き。
視線が一斉に、リオネル・サンドリヨンに向けられた。
「こいつの味方?」
単に、寝ざめが悪いからこうしただけだ。
「こいつの手助けでもしようっていうの?」
どちらかというと、争いそのものを止めたかった。
「お前、こいつがどういう奴か知ってんの?」
何も、知らない。何も。
「そいつ――」
『幸か不幸か』。それを聞く前に、隣のクラスの先生がやってきた。蜘蛛の子を散らしたように、皆立ち去っていく。やがて、その場にはリオネル・サンドリヨンと昇だけが残った。
沈黙を破ったのは、昇の言葉。
「お前、他人が酷い目に遭ってるとき、いつもそれを見に寄ってくるよな。それでいて何もしないでさ。何も出来ないのに、何で来るの?」
そう嘲笑して、かつての友人も立ち去った。
リオネル・サンドリヨンは、何も言い返すことが出来なかった。糾弾されて初めて、自分の行為を醜いと感じた。不幸を引き受けるという行為そのものについても、傲慢かつ悪魔的だと感じ。ずっと口に残る蜂蜜に似た甘い味も。他人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだ。これではまるで、誰かの不幸を喜んでいるかのような。
自分は誰かを助けたかったのか、誰かに助けてほしかったのか、区別がついていなかったと自覚したのもこの時だった。
自分が良かれと思ってやってきたことが無駄だったのかもしれない。たとえ自分が幸せになれなくても、周りが幸せならばそれでいいと思っていた。そのための行動は全て空振りだったのかもしれない。
そう、気づいた。
その日以来、甘い味は『不幸の味』と認識し、口にするたび当時の出来事が甦った。