暗い、暗い、意識の底…
まるで暗い水の中に居るように、自分がどうなっているのか分からない。
おそらく、夢だ。これは、そういう夢。
暗い水の底に沈む夢…
『……はは、
あはは、
あっはははははははははは!!』
遠くから声が聞こえる。
悲痛な、壊れたような笑い声が…
ああ…なんて…なんて
羨ましい声だろう悲しい声だろう。
彼女は、自分がどっちなのかハッキリと理解してしまったんだ…
本物に引導を渡されてしまったんだ…
((そうだ…相も変わらずの、冷酷な『本物』に…))
私はどっちだろう?
どっちが本物なのだろう?
記憶を全部持っているのは私だから…私が本物だと良いな…
……消える方だったら、凄く…やだな…
((あぁ…凄く、凄く理不尽だ…『本物』というものは…))
…次第に光が戻ってきた。
じきにこの夢も、終わる。
((だがたとえ覚えてなかろうと、逃げる事は出来ない…消えるのは、どっちだ?))
また、夢を見ている……しかし、今までとは雰囲気が違う夢だった。
イバラシティの夢じゃない。道路も、ビルも、工場もない。
電車も自動車も走っていない。
あるのはどこまでも高い空と、花の香る山々、何度も折れ曲がる谷川、そこから至る海原…
山と海に挟まれた少ない平地に、人々の営みがあった。
広くはない平地で工夫して田畑を開き、山に入っては狩りで肉と皮を、海に船で漕ぎ出しては海産物を採る。
決して肥沃な土地では無いが、やれることが尽きない場所…人々は、昼間は食べ物を得るために精を出し、夜は星を見て明日の糧を祈った。
素朴だが、輝かしい、生きる為の営みの連なり…
それを、彼女は『美しい』と評した…
・・・・・・
山桜が満開になったころ、とある山の中腹、景色の良い開けた場所で彼女と出会った。
山の中でも特に山桜が集まって咲いていたその場所から、彼女は集落の方を眺めていた。
山桜の香りを載せてくる風に、黒く長い髪が流れる。
その横顔がとても印象的で、私は誰とも分からないその人に、つい声をかけていた…
どこの誰だと聞くと、ここじゃない場所から来た神だと言う。
驚いたが、そう珍しいことでもない。神は到るところに居るのだから。
見た所、彼女は身なりが整っている。恐らくは、農耕を主に行う土地の神か…
上下共に真っ白な服に、サラリとした長い黒髪が実に映える。
今度は私の質問に応えて欲しいと彼女は言った。
この地の人々の生活を、どのようにして生きているのかを…彼女はそれを『美しい』と言ったのだ。
これには少しだけ意外だった。もっとこう…野蛮な生き方だと思われるかと思ったのだが…。
つい、思ったことを口に出してしまうと、今度は相手が意外そうな顔をする。
『生きるのに一生懸命で、命に真摯な生き方のどこが野蛮だと言うのです?』
彼女は、さも当然のようにそう言ってみせる。
その日暮らしな狩猟生活を、命に真摯な生き方と言うとは…
農耕で生活を行っている民から見れば、私達のように一つのことに注力せず食べるために何でも行う狩猟民族は、野蛮だと思われるという先入観があった…だから、彼女の考え方は正直驚かされたし、彼女の考え方に興味が湧いてきた。
彼女は、景色に視線を向けて、目を細めていた。
『この地は美しい…山々が有り、谷川が有り、野が有り、海が有る、全ての景色に表情があり、季節の移ろいによって変わる…特に、貴方と出会えたこの山は良い。私はこの山が気に入った。見てみよ、ここからならば、この美しい土地を見渡すことが出来る。』
そう言って、景色を見入っている彼女の姿が、その横顔こそが美しいと思えた。
…それは彼女が、私とは違う“モノ”だからだろうか…それとも、彼女だからだろうか…
彼女が気に入ってくれたこの景色は確かに美しい。
私もこの景色が好きだと伝えると、彼女は朗らかに笑ってくれた。
それが嬉しくて、ならばこの山に名前を付けようと提案した。
“神の峰山”と…
『美しいと言ってくれたから』
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タマキ 「……っ…!?…今の、は…」 |
目を覚ますと、見覚えの無い場所で寝かされていた。
周りを見回すと、一緒に行動している仲間達が心配そうにこっちを見ていた。
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タマキ 「…あれ?私なんで寝てたんでしたっけ…あっ…そっか!戦いはどうなったんです?」 |
自分の身に何が起きたのか思い出すのに、しばらく時間がかかった。
立て続けに何か夢を見ていた気もするけど…どんな内容だったか、イマイチ思い出せない。
以前までは、現実の記憶が白昼夢のようだがハッキリと見れたのに、今回は気を失っていたからだろうか…
…確か、現実世界で御鏡神社が建っているはずの山を登ってみたが、神社の姿は影も形も無く、何かの残骸があるだけだったこと…
そして、偶然にも同じ山を登っていたアンジニティの団体と遭遇して、戦闘になったこと…その途中で、自分は痛手を負ってダウンしたのだった。
仲間の話によると、どうやらダウンしている間に下山したらしい。今はヒノデ区を目指している途中だそうで…そして、山で戦った相手が、すぐそこまで迫っているらしい…
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タマキ 「…え?それって凄くマズイ状況では?」 |
なんと、連続で同じ相手と戦闘ですよ!
めっちゃ追いかけられてるのか…それとも、偶然にも相手の目的地と自分たちの目的地が近いのか…
なんにせよ、また全力で戦うしか無いようだった。