もはやいつの記憶なのか本物なのかも分からないがイバラシティでの俺の記憶には違いないらしい。
喧嘩になりそうなところ仲間のヒーロー達にフォローされたり、優しい嘘を吐いてダチを救った手助けをしたり、
大事な相手が消えたっつー悪魔の依頼を受け取った。
なりたてのヒーローにしちゃァ上出来だ。良く出来てる。
決め台詞なんてキメちまってあまりにもヒーローらしいじゃないか。おめでてェなぁ俺。
…だからこそ今の俺の身に染みちまう。不満。焦り。
『あれは俺だけど俺じゃない』
チェックポイントに着いて考える時間が出来ると
今まで頭の隅に押し退けていた不安が溢れ出してきた。
今の俺はどうだ?
ハザマで傷を癒す力がついた。でも心の傷まで癒せる力はない。
ハザマで敵を何体か倒した。
でもハザマで出会ったイバラシティと同じ顔の奴らが敵だって割り切れる力はない。
怖い、正直言って本当にイバラシティで仲の良かった連中とヤリあうのが怖い
勝って、勝ち続けて、心身にどれだけ傷を負っても進めるのか自信がない。
俺には何も出来ない。馬鹿だ。大口ばっか叩きやがって。
中身なんてこれっぽちもない。
そんなの知ってた。昔から知ってたよ。
俺は弱くて馬鹿で愚図でのろまで何もできない出来損ないだって。
悪さばっかして反省もしないクズでゴミで何の役にも立たない人間のなりそこないだって。
散々吐いてくる周りの言葉を突っぱねてきたけど今あまりにもこの状況は現実だ。
俺には十分な力が備わって無いって現実を無理やり突きつけてくる
嘘だ。こんなの嘘だったら、良かったのに。
じゃあ、イーサンに全部任せるか? それもごめんだ。
震えてただやり過ごすだけなんてもう嫌だ。
それじゃあ、なんのためにヒーローになったかもわからない。
俺は強くなりたいんだ。ただ見てるだけじゃ意味がないんだ。今すぐ力が欲しい。
無い物ねだりなのは理解している、それでも今必要な力が俺にはない。
なにもかも足りない。
アンジニティの連中のように敵を切り捨てる冷徹さが足りない
モロバのように物事を分析する冷静さが足りない
マクロスのようにハザマでジョークを飛ばすようなタフさが足りない
岬のように笑顔で仲間を励ます言葉が足りない
イーサンのように堂々とふるまえる自信が足りない
須崎のようにのんきに構えられる図太さが足りない
瑠璃井のようにふとした時に忠告出来るさりげなさが足りない
師匠のように助言できる知識が足りない
他のヒーローの先輩達みたいに命をやり取りする実践での経験が足りない
記憶の俺のように成長するまでの時間も足りない。ここはハザマだ。
たった数十時間で決着がついちまう。
足りない。足りない。足りない。欲しい。欲しい。欲しい。
護ることも癒すことも戦うことも俺に出来ることはすべてが中途半端で
俺が出来たのは伊藤君連れて命からがらチェックポイントに逃げ帰った事だけ
服装や髪形を変えて不良に喧嘩売って変わったと思ってた。
そこから改心してダチも増えて考え方も大人になって変わったと思ってた。
本当の俺は臆病なまま変わっていない殴られて逃げて隠れて泣いているあの頃のままなにも変わってねェじゃねェか!!!!
救えるわけねェ。救いようがねェよ。
ヒーローなんてなれるわけなかったんだ。
通信で師匠が盾なら俺は矛になるだとかガキみたいに口走ったけどなれっこない。
芯を通した鋭さを俺は持ってない。屋上のイケ好かねーアイツ相手に暴れた時みてェに肝心なときにヒヨっちまう。
欲しがってばっかりだ。
痛いのは嫌だから。怖いのは嫌だから。裏切られるのは嫌だから。嫌われるのは嫌だから。
一人は嫌だから。傷つくのも傷つけられるのも嫌だから。
俺には皆にあるような武器がない、丸腰だ。
異能があるっつっても傷が癒せる唐揚げ。なんだそりゃ役に立つのか?
神様。居るとしたらもっと直接的に効く異能にしてくれ
唐揚げは美味い、確かに美味いよ。おふくろの思い出の味だ。
けどそれだけだ。それだけじゃ助けられない。
伊藤君や俺が今よりもっと重傷になったらどうすンだよ。
今みたいに唐揚げ食って回復すンの?重傷負った怪我人が唐揚げ食えンの?
冷静に考えたらおかしいだろ。無理だ。
正直伊藤君の異能の方が俺よりずっとすごい。敵の事を冷静に分析できる異能。
俺が欲しい。そしたら伊藤君だって戦わずに済むんだ。
足りない足りない足りない。
俺に、ありとあらゆる力が、足りない。
人間少しずつ成長するなんてキレイゴトだ。成長するまで待ってられない。とにかく時間が足りない
何も持っていない人間は変われない。
変われなきゃ、せめて。
嘘を吐き続ける強さをくれ。もう大丈夫だ、後は任せろってヒーローみたいに安心させる嘘を。
イバラシティ中の不安を背中を預けさせる完ぺきに騙せる嘘を。嘘を吐き続けられるようにしてくれ。
ばれない嘘は嘘じゃないってなんかの漫画で言ってたじゃねーか……。
「……ああもう疲れた」
思考を放棄したかった。建設的な考えが閃くわけもなくひたすら後ろ向きだ。
俺は貝になりたいよ伊藤君。
膝を抱えて蹲っているとイーサンがやってきた。
ファンタジーに出てくる天使みたいな六枚羽を横目で見ると改めて人間じゃねェって感じる。
「……カガラ、少しいいか?」
側に腰かけて改めて話がしたいというイーサンに俺は疲れた声で返した。
「……ンだよ」
大して知りもしないアンジニティに心配されてるのも情けなくて
それでも俺が弱音を吐ける人間なんかどこにもいないから壁にでも話すような気持ちで
伊藤君に心配をかけたくないのに自信がない、ということを告げた。
俺の願望とは真逆だ。何の役にも立ってない。目の前の恐怖や人の不安を取り除く力が俺にはない。
それを聞いてイーサンはここまで生き延びたことを褒めてくれたが俺はそれだけじゃ駄目だと告げた。
戦ってるのは俺だけじゃない。伊藤君だって懸命に戦ってる。
今のところイーサンもハザマで会った時の宣言通り協力してくれている。
でも生き延びるだけじゃこの戦いは意味がない。
勝たなきゃ結局イバラシティまるごと地獄送りだ。
イーサンは「余も余の矜持の為に動いている」なんてきっぱり答えたが
それでも任せっきりにするのは嫌だった。イーサンがアンジニティだからじゃない。
俺自身が変わりたかった。
今度こそ逃げたくなかった。自分の事を無様だと泣きたくなかった。
上っ面だけの大口たたきをどうにかしたかった。だから、聞いた
「どうしたらお前みてェにずっと自信満々に振る舞えるンだよ」
そうしたらまっすぐに俺を見たイーサンが信じろ、と言った。
「お前が自覚していないだけで既に持つべきモノは持っている」と。
正直自分の持ってるモノつったら異能で出せる唐揚げしか浮かばねェけど、気づいたことがある。
イーサンと話し合って、自分の感情を吐きだしたら気持ちの整理がついたこと。
それから俺ばっかりが話していたせいで伊藤君がどう思ってるかちゃんと聞けてないということ。
これからどうしたいか、何が嫌で何が出来なくて何が出来そうなのか。
伊藤君はきっと戦いたくない。だから俺が全部ブッ潰す。そうやって決めつけでしか考えてなかった。
考えてみたら伊藤君は何がしたいのかちゃんと聞いていない。
全部俺の一人よがりになってた。作戦会議だってアンジニティをブッ潰すことしか考えてねェ。
確かに戦いは避けられねェかもしれない。けど。そうじゃ、ないだろ。
救いたい相手を置き去りにして救えるはずがないんだ。
戻らなきゃ。俺に一番足りなかったのは相手とちゃんと「話し合う」ことだ。
岬との約束だって守れてない。斎川とは話し合わずにどうなった?
変わるんだ。
俺はそれに気づける。過去に戻れなくてもやり直す。何度でも何度でも間違ったって。
俺は加唐『揚羽』だ。地を這う芋虫も蛹に変わって蝶になれる。
イーサンを真似して口の端を上げて自信満々に笑った。
「記憶の俺も、ハザマの俺も……関係ねェ、俺は俺だ!」
時間を置いて、伊藤君に話に行った。
相変わらず沈んだ様子だったが目に光を取り戻している
イーサンをまねて隣に座った。
「振り回してごめんな伊藤君。」
攻撃に入るか守りに入るかの違いだけで、やっぱり俺と伊藤君は似ている。
似ているけどけど別の人間だ。
ちゃんと考えを聞かないと思惑までは分からない。
「俺、伊藤君が戦いたくないってだけでそれ以外何も聞いてなかった。」
勝手に自分に気合入れて勝手に方針を立てたのは自分だ。
今なら間に合う。だから話し合おう伊藤君。
俺は伊藤君に問いかけた。これからどうしたいのか。意外な答えが返って来た。
「思いだけでもせめて伝えたい。」
俺の立てた方針と全然違う。恥ずかしそうに語る伊藤君によれば、どうやら好きな女がいるらしい。
伊藤君も片思いしてたのか。それも俺と同じ寮の奴だ。
つか遊園地に行ったときにそいつに罰ゲームみたいなことさせられたぞ俺。
自分の事を話したんだから今度は加唐君の番だって、伊藤君につっつかれて、俺も岬に片思いしてる事を白状した。
まさかこんな形で互いの恋愛事情を知るとは思わなかった。
「こういうのって修学旅行の夜とかに話すヤツじゃね?」
あまりにも似つかわしくない場所で話すのが可笑しくて俺は笑った。伊藤君も笑った。
どうみても地獄の一丁目だろハザマって。俺らの修学旅行先狂い過ぎだ。
本当に話すって大事だな。伊藤君について全然知らなかった事ばかりだ。
それじゃあ、まずはその小野瀬に会いに行こう。俺も岬に会いてェし。
小野瀬がどこにいるか分かンねーけどメッセージで届いたって言うラーメンってのはヒントなのか?
ラーメン屋なんて俺の知ってるだけで結構あるぞ?ソラコーの近くにラーメン落ちてたりすッし。
でも、小野瀬が落ちてるラーメン食うとは思えねーし、探すとすりゃまずはラーメン屋、かな?
…いけない。また俺ばっかり話してた。焦るな俺。
一旦ラーメンの話は置いておいて、伊藤君の要望を聞きながらこれからの方針を決めていった。
まずなるべく戦わない。戦いを避けるためにいったんベースキャンプに戻ろうという話になった。
少なくともここよりは安全だ。人の数もずっと多いし店もあるしな。
アンジニティに会ってもなるだけ話し合う。陣営は関係ない。
話し合いも無理ならその時はイーサンと俺がやる。ただし、逃げて生き延びる事を第一にする。
ベースキャンプについたらもう一度作戦会議をする。
とにかく生きて会う。気持ちを伝える。大きな目標イバラシティの勝利は後回しだ。
一緒にこの地獄で青春楽しもうぜ伊藤君。
怖いものだらけだけど逃げて逃げて逃げ切ればきっと俺ら無敵だぜ。
「…言っただろ侵略者。俺達の幸せは俺達だけのモンだ。
お前らは必死こいて侵略活動頑張ッてンだろうけどな!俺は地獄ですら青春謳歌してッぞ馬ァァァ鹿ッッ!!」
人知れず中指を立てた。
せいぜい限られた時間を無駄につかえや、侵略者。
俺らはその時間、恋愛に全振りすッからよ!