「ごめんな…俺は悪い親父だよな…」
「こんなはずじゃなかったんだ…」
「許してくれアゲハ…」
怒鳴った後、殴った後、親父は俺に謝った。抱き付いて泣きじゃくって頭を撫でて謝った。
その時はまだ小さいガキだったから俺は親父が可哀想だと思った。
かーちゃんがいないから俺がしっかりしないといけないんだ、とも思った。
親父がおかしくなったのは全部事故のせいなんだ。
酒を飲み散らかして喚いてキレて殴ってくるのも全部事故が悪いんだ。
親父は悪くないんだ。事故なんて起きたのが悪いんだ。
痛いけど、怖いけど、親父は本当は優しくて、
本当はまだ優しいままで変わってしまっただけなんだ。
事故なんか起こらなければずっと優しい親父だったんだ。
そう言い聞かせて暮らしてた。
背が伸びて抵抗が出来ることが分かってから、
分かっているのに怒鳴って殴って最後に泣きわめく親父が惨めで同情は軽蔑に変わった。
ごめんな?許してくれ?
大人の癖に同じ面で何言ってンだコイツ。ふざけンじゃねェよ。
おふくろに同じ事言えンのか?許してくださいって泣いて謝って許されると思ってンのか?
顔を見るだけでイライラが溜まってこれまでのタガが外れたみたいに殴り合うようになった。
とにかくムカついた。
言い合うのも殴り合うのも面倒になって、家にもほとんど帰らなくなった。
俺なんて居ても居なくても変わンねーし。
金は不良からパクった。不良は悪い奴だから。
どうせクラスの陰気な奴を虐めたり夜中にギャンギャン交通ルールも守らずに車飛ばしたり人の家にスプレーで落書きしたりしてンだろ?
だったらこれくらい悪い目にあってちょうどいいだろ。
そうやってパクった金で時間潰して、喧嘩して、親父と同じ言い訳を続けた
「全部、事故のせいだ」
俺は「事故」を憎んだ。
親父と俺を変えた「事故」を憎んだ
おふくろを奪った「事故」を憎んだ
じーちゃんとばーちゃんが正式に俺を引き取って親父から完全に離れて暮らすようになって
それでもまだ憎み続けた。事故さえなければ。事故さえなければ。事故さえなければ。
そればっかり念仏みたいに腹の中をぐるぐる回って寝付けなかった。
「事故」を起こす奴は悪い奴だ。だから夜な夜な相棒を担いで悪い奴を探した。
「事故」で不幸になる奴を救いたい、と思った
救えなかったものを救いたかった。
じゃあ、親父は?救いたいのか?俺は親父を救いたいのか?
変わった後なにも変わらなかった親父を?
悪い奴?悪い奴ってなんだ?悪い奴には何をしてもいいのか?
相手を決めつけて制裁を下したつもりでいた俺は悪い奴じゃないのか?
侵略に来たアンジニティは悪い奴なのか?
イーサンだってアンジニティだ。けど俺達に手を貸してくれるし今の所、悪人には見えない。
イバラシティの人間でアンジニティと手を組む奴は?
例えば御手洗は悪人だろうか。バーチャル空間といえどまっすぐ俺を殺そうとした。
けどイバラシティでの思い出ではそんな記憶がない。十ヶ瀬にそそのかされた訳でもないらしい。
悪人、ちゃァ悪人なのかもしれない。けどそれを言えば俺も悪人だ。
殺そうとはしてねェけど人を殺してたかもしれねェ。
そもそも救うって、なにが救いなンだ?俺のハザマの異能なら怪我をしたやつを助けることはできる。けどそれは救いか?
イバラシティを守り切る。それは大多数にとっての救いだろうな。
けどこの侵略が失敗すればアンジニティの連中は二度と出られないらしい。
マクロス曰く「死んでも誰も悲しまない」。
…まァそうだよな。アンジニティの連中を追っ払ったら俺ら忘れちまうもんな。
けど少なくとも俺らの仲間の一人はアンジニティだ。
イバラシティでダチだった連中の何人かもきっとそうだ。
曾我部……いや、レーカだったか。あいつもアンジニティだ。
どこまで本気か知らねェが曾我部みてェになりたかったとかほざいてた。
そういう奴らを救うのか?
救えるのか?
頭が痛くなってきた。知恵熱が出そうだ。
大体こんな場所でこんな哲学じみた考えを巡らすなんてどうかしてる。なンか腹が立ってきた。
「救うとか救わないとか義理もねェ奴らに考える意味、全くねェわ。」
大体奴らの行動は事故なんかじゃねェ。
テメェの意思で起こした「攻撃」だ。親父だってテメェの意思で酒に逃げたンだ。
俺だって俺の意思でここまで堕ちてここまできた。
どォォォォォォォォォッッだっていい
アンジニティとかイバラシティとかもう知ったこっちゃねェ。知るか。陣営はもうどうでもいい。
こっちに来いとか実は敵でしたとか救ってくれとか仲間じゃなくてガッカリとか
アレとかコレとかソレとかウジャウジャゴチャゴチャ外野で勝手に喚いてろ馬鹿野郎。
テメェらの意思で「攻撃」してきた奴は誰であろうと叩き潰す。
「事故」で傷ついたヤツはアンジニティだろうがイバラシティだろうが俺が守る。
俺は、俺の責任だけを果たす。テメェらのゴタゴタはテメェらだけで何とかしろ。邪魔すンなら潰すだけだ。
潰されたくなけりゃどっか行け。いいか。
俺の野望は俺だけのモンだ。俺の幸せは俺だけのモンだ。俺の意思は俺だけのモンだ。
テメェらの不幸を俺に押し付けンじゃねェ!!!俺にだって選ぶ権利があるっつーのッッ!!
あと俺、地元(ラ↓シ↑ティー→)愛ハンパねェからァァァァ???地元(ラ↓シ↑ティー→)大好きだからァァァァァ???
アンジニティとか糞溜まりみてェなトコ死んでも行かねェわ!!!俺のダチも地元の仲間も絶対ェ行かせねーし!!
…あ、元から住んでる?悪ィ。
でもイバラシティ帰るわ俺。音信不通になっちまうけど悪ィな。俺筆不精だから。あと糞溜まりは言い過ぎたわ。
地元で仲良くしてくれた奴もう会えねーけどありがとな。嘘でもなんでも嬉しかったぜ。
あー。スッキリした。
俺は伊藤君と青春すっから。ンでイバラシティに絶対ェ帰ッから。
俺が果たせる責任って悔しいけどそれくらいだ。
出来ないことはイーサンに任せて俺は伊藤君と帰る。悔しいけどな。
つーか本音言えば仲良い連中全員と帰りたい。けど無理なんだろ?じゃあ、もういいわ。
旅先でたまたま会った奴だと思えば大して変わンねーよな。…そーだろ?
もうこーいう事考えるの疲れンだわ。元から大して頭も良くねーし良い子でもねーから俺。
期待させちまったら残念だな。
こうなったらもう徹底的に地獄満喫して帰るわ。帰っても土産物とか思い出もないのは残念だけど。
お前らは俺の事覚えてンだろ?
だったら同じ地元の奴との話のタネにでもしてくれや。
旅の思い出話っつーの?結構楽しいよなアレ。そういう意味では羨ましいわ。
あー、書く事こんくらいでいいかな?つか相当文才上がったくね?俺。
この感じでイバラシティで自伝とか出版出来たりしてな。
つーわけで誰かこれを加唐揚羽を知ってる奴が見ますように。
…つかその前にこれ壁から剥がれてねェといいけど。
・ ・ ・
「伊藤くぅーん、小野瀬と連絡ついたー? 俺は岬とちょっと連絡取ったわ」
通信を終えた俺は伊藤君に駆け寄った。