
―― ウォン side――
【イバラ---day】
ある日を境に、音が増えた。
どうやら、拾われた人が”また”拾ったらしい。
人が増えたからといって、することは変わりなく――
ただただ、歌を許可されたときだけ、口を開けて。
歌を歌う。
その”増えた住人”の心音は――静かなようで、激しかった。
人によっては煩いと感じる人もいるかも知れない。
けれど、コレには関係なく。
また、コレには煩いと言うよりも、何かを求めているようにも聞こえたから――
”歌った”
その歌は、ただの鎮魂歌。
魂を鎮める曲。なぜソレを選んだかと言えば――
激しいものを、落ち着かせるようなものを。
別に、激しくしたくて――その心音を鳴らしているわけではなく。
鳴ってしまっているように、”聴こえた”から。
だから、歌った。
静まるように、落ち着くように。
ここにいていいと、歌っていいと自分は言われた。
なら――
――コレの歌は、その肯定を表現しなくてはならない。
この場所はそういう、場所と、謳わねばならない。
コレの価値は、ソレ故に。
だから、歌う。
静かに静かに、安らぐように。
しつこいくらい。
そんな歌を、部屋中に響きわたらせた――
―― 右鞠 side――
【イバラ---day】
「…………あと、アイでいい。
名字は嫌いだし。発音もしづらいし」
ある日、そんなことを言われた。
彼女はちょっと――”珍しい人だった”。
素っ気ない人を、拒絶するような、刺々しい少女(ひと)
何時もよくしているスキンシップも――激しく、”拒否”されたヒト。
だから、対応を考えていた。
そういうヒトほど――自分にとってプラスだから。
でも、その提案だけは。ちょっとだけ――”やりにくかった”。
名前を呼ぶということは、大抵、親しいを意味するし。
自分の本当の異能にとって、色々なトリガーになる。
自分の中に、”入りすぎる”のも良くない。
「んえ――名前、呼ぶ、のか」
「…………なんだ、あれだけ馴れなれしかったのに
少し見ぬ間に随分殊勝にでもなったのか?」
そういうわけじゃない。
接触は一時だけだ。一瞬だけ。すぐ消える。
その時抱いた感想も。そして――離れたときの”喪失感”が自分としては”いい感じ”だからしていた。
――でも、名前を呼ぶことは、違う。
ソレをさとられないように”女性らしく”、仕草を意識する。
「男と女でもあるまいし…………
面倒なやつめ、いいから慣れろ」
「結構アタシ的にゃ、大事な要素なの。
名前って意味が籠もってたりするから、うかつに呼びたぁないの」
「百も承知だから、名前で呼べって言ってるんだ。
名字なんていう、家の名前で個人を捉えるのは、
余計なレッテルを貼るのとなにも変わりゃしない。
私はそれが不愉快で仕方ないんだ。」
引き下がってくれなかった。
なら、仕方ない。できる限り、できる限り――”中”に浸透しないように。
ごまかすように――
「実は声かけるの、迷惑だったりする?」
話題を、変えた。
あえて。
そしたら――
「――私に、何かを求めようとするな。
透けて出る意図ほど、忌々しい物もない。
第一、私は居場所のひとつもない、只の無能者だ。
期待されて、勝手にがっかりされるのも御免だね。
……そういうの全部、捨ててくるなら。
まあ……好きにしたら良い。
ギャンギャン喚きさえしなければな。」
居場所を、求めていると、自分には聴こえた。
逆とは違うかもしれないけど。
居場所を空席にしたい、”私”とは、反対側のスタンス。
それに。全部捨ててくるなら、なんて――そんな”嬉しい言葉”をくれたのは初めてだったから
「うっす!! 仲良くしますっ」
つい、”素”が出た。
仲良くして、必要としてくれたら、嬉しいなと思った。
これなら、ちょっと名前呼び、しても良いかもしれないと思うくらいには。
我ながら、ちょろい。
「……やっぱお前、面倒な奴だわ。
まあいい、勝手にしろ。
私も、私の勝手にする。」
知ってる。こんな面倒なヤツ、きっと他にはいないよね。
「じゃ、帰るかな。またね、あ――あ、あ、アイさん」
そして。
できるだけ入ってこないように――どもったフリをすることにして。
”アタシ”は、彼女の、名前を呼ぶことになったのだ。

[787 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[347 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[301 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[75 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
―― Cross+Roseに映し出される。
ザザッ――
画面の情報が揺らぎ消えたかと思うと突然チャットが開かれ、
時計台の前にいるドライバーさんが映し出された。
ドライバーさん
次元タクシーの運転手。
イメージされる「タクシー運転手」を合わせて整えたような容姿。初老くらいに見える。
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ドライバーさん 「・・・こんにちは皆さん。ハザマでの暮らしは充実していますか?」 |
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ドライバーさん 「私も今回の試合には大変愉しませていただいております。 こうして様子を見に来るくらいに・・・ですね。ありがとうございます。」 |
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ドライバーさん 「さて、皆さんに今後についてお伝えすることがございまして。 あとで驚かれてもと思い、参りました。」 |
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ドライバーさん 「まず、影響力の低い方々に向けて。 影響力が低い状態が続きますと、皆さんの形状に徐々に変化が現れます。」 |
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ドライバーさん 「ナレハテ――最初に皆さんが戦った相手ですね。 多くは最終的にはあのように、または別の形に変化する者もいるでしょう。」 |
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ドライバーさん 「そして試合に関しまして。 ある条件を満たすことで、決闘を避ける手段が一斉に失われます。避けている皆さんは、ご注意を。」 |
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ドライバーさん 「手短に、用件だけで申し訳ありませんが。皆さんに幸あらんことを――」 |
チャットが閉じられる――