――むかしむかし、あるところに
大きな国がありました。
賢い王様が導いて、豊かに栄えておりました。
それは、お后様が身ごもった、ある日の事。
とある商人が稀なるものをたくさん連れて、王様の元へやってきました。
一つ一つ手に取って説明していきますが、
その幾らかは眉唾のもの。王様の目は騙されません。
はてさてどうしたものかと思っているところに差し出されたのは、
小さな籠。
『御覧下さい。
これなるは世にも珍しき、角を持った兔で御座います!』
茶褐色の斑模様に、黒曜の瞳。
お世辞にも可愛らしいとも言えぬその兔には、
一角獣のような角が生えておりました。
作り物ではないかと取りだし、引っ張らせてみたものの
どうにも本物のようで、兔は商人の腕の中で痛い痛いと暴れました。
『この兔こそ吉兆。
これを持てばこの度生まれますお世継ぎも、王子様となるに違いありますまい!』
興味深そうにする王様に、ここぞとばかりに商人は囃し立てます。
王様は考えました。
兆しが吉と出るか凶と出るか、分かる筈などありません。
この兔のせいで大事なお后様に何かあれば、きっと後悔してもしきれないでしょう。
だから、見定めるように商人の腕の中の兔を見ました。
『其方が吉となるならば、斯様な痛みも与えまい。
其方が凶となるならば、商人と共に首を撥ねてやろう』
商人は途端に肩を身を竦め、肩を強張らせましたが、
兔は鼻をひくつかせ、黒曜の瞳を揺らす事なく、じっと王様を見つめました。
ああ なんて なんて綺麗なひとなんだろう!
暫く経って、国中にお触れがまかれました。
王子様がお生まれになった! 王子様がお生まれになった! 国をあげて祝うべし!
王様の角兔は吉兆としてしらしめられ、王様のお部屋に角兔の寝床が設けられました。
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そういえば、まだ名もつけていなかったな |
抱きかかえられた角兔は、
やっぱり鼻をひくつかせながら、じっと黒曜の瞳で見つめました。
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角兔…ではそのままであるからなあ。 ああしかし、あの時は笑いに笑った。 息子が産まれ、改めてお前を見てみれば、 お前自体は雌であったなどと |
くつくつと王様が笑えば、
兔は鳴く事もなく、ただ嬉しそうに寄り添っていました。
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ああ、そうだ。アンズというのはどうであろう? お前が来た時、丁度花が咲いていた。 あれの仁は毒にも薬にもなる。 私にとってお前は、正しく吉兆であったけれど |
その日から、角兔はアンズと呼ばれ、
王様や、お后様や、王子様、彼らに仕える人々に愛され、大切にされました。
時折兔が鳴けば、まるで鳥のように美しいと、褒めてくれました。
櫛を通されたふかふかの毛並みは暖かくて、一緒に眠ると心地よいと、微笑んでくれました。
ああ やさしくて あったかくて ずっとここにいたいなあ
――けれど
それも長くは続かなくて。
『王女様に次いで、お后様まで』
『まるで宮殿に影が射したかのよう』
『体を貫かれるような痛みだとか』
『
やはりあの角兔のせいなんじゃ』
噂は次々に広まっていく。
王様もお怒りになって、兔は部屋から追い出された。
『災禍の角兔を断じてしまえば、厄も祓われるでしょう』
兔はじっと、黒曜の瞳でそれを見ていました。
たくさん、たくさん、撫でてもらった茶褐色の毛は雨と土でぐしゃぐしゃで
大きな耳は、臥せっていくだいすきなひとたちの声を聴き続けていました。
かみさま、かみさま、もしもいるのなら
あんずがうまれたいみをおしえてください。
かみさま、かみさま、もしもいるのなら
あんずがしんだときにはどうか たすけてください。
雨音のなか、近付いてくる小さな足音に、ぴくりと耳を動かしました。
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……あんず、あんず。 あのね、これからおそとにいこう。 ぼくはきみがすきだから。あんずといっしょにそだったから だからここからにげて そとで、いきて。 ぼくがおおきくなって りっぱなおうさまになったら、またあおう |
それは、いつかのあの日うまれた、王子様でした。
心優しく聡明で民からも慕われる彼は、布で兔を覆い隠し、宮中の外へと逃がしました。
最後に名残惜しそうに、ぎゅぅっと抱きしめて。
兔は、彼の瞳が流す涙を、雨に濡れた真っ黒な瞳でじっと見ていました。
また、ひとりぼっちになっちゃった。
あんずは、なまえをもらったのに、だいすきなのに
なにもできないまま
しんだらかみさまにたすけてもらえたかもしれないのに、それもできない
小さな兔が走る音と共に、小さな鳴き声が木々の間を通りすぎていきました。
それはとても――兔の鳴き声とは似ても似つかない、美しい声でした。
アンズ
角兔 の 怪異
親も兄弟もなく、きづけば世界に生まれていた
ひとに恋したあの日から
ずっと、出会いと別れを繰り返している
渡瀬陽和
膝を抱えて座っている。
声を届ける異能を持つ。
ただの、普通の女子高生。
『 ねえお母さん、どうして 』
幼い頃、何度も聞いた記憶がある。
仕方ないのだと、母は寂し気な顔で言った。
『 ごめんね、ヒナちゃん 』
幼い頃から、何度も聞いた記憶がある。
その声は、自分とよく似ていた。当たり前だ。双子なんだから。
『 ごめんね、コヨリがげんきじゃないから 』
何度も、何度も 彼女の 小和の謝罪を聞いた、記憶がある。
その言葉をきけば、最初は、一緒に寂しくなった。
だけどいつからか小和は寂しいも、見せなくなった。
ただ笑顔で、何度でも言うのだ。
『 ごめんね、今日もダメみたいなんだあ 』
誰が悪い訳でもないのに。
小和が悪い事なんて一つもないのに。
何度も、何度も、何度でも、私はその言葉を聞く。
『 仕方ないわねー。今日は休んで、明日はちゃんと来んのよー? 』
笑顔で言うから、笑顔で返した。
取り繕うのが、少しずつ上手くなった。
私は元気だったから、よく外で遊んだ。
幼馴染と一緒だと、割と無茶だってすることもあった。
なので、小さい怪我は、よくした。
そうして帰ってくると、小和は言うのだ。
『もー、また怪我してる。仕方ないなあ』
わざとらしく頬を膨らませ、
白くて細い指先が私に触れる。
祈るように小和が目を閉じれば、小さな傷は癒えていった。
『ヒナちゃんだって女の子なんだから、しっかりして下さい!』
『あはは、ごめんって。いつもありがと』
そうして、膨らんだ頬をつついてやると
またわざとらしく、小和は怒って
じゃれあうように喧嘩すれば、終わる頃には2人とも笑顔だった。
それが、私達の日常。
小和が望んで、私も望んだ、優しい日常。
だけど何度繰り返しても、変わらないのだ。
小和と一緒になって外で無茶をする事なんてない。
行きたい所はたくさんあった。したい事はたくさんあった。
2人でならもっと楽しいのにと、何度思ったか分からない。
だけど、私の異能は声を届ける事しかできなくて。
小和の異能は、小和を治してはくれなかった。
―ハザマの時間―
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ヒナ 「……」 |
私はずっと、何もできないままなのかな。
『Cross+Rose』が問いかけます。
"貴方は何処に居たいですか"
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ヒナ 「……」 |
私の答えは、変わらない。
だけど
みんなの答えは どうなんだろう。
薄らと、淡い光を放つ液晶画面に、視線を向けた。

[787 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[347 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[301 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[75 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
―― Cross+Roseに映し出される。
ザザッ――
画面の情報が揺らぎ消えたかと思うと突然チャットが開かれ、
時計台の前にいるドライバーさんが映し出された。
ドライバーさん
次元タクシーの運転手。
イメージされる「タクシー運転手」を合わせて整えたような容姿。初老くらいに見える。
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ドライバーさん 「・・・こんにちは皆さん。ハザマでの暮らしは充実していますか?」 |
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ドライバーさん 「私も今回の試合には大変愉しませていただいております。 こうして様子を見に来るくらいに・・・ですね。ありがとうございます。」 |
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ドライバーさん 「さて、皆さんに今後についてお伝えすることがございまして。 あとで驚かれてもと思い、参りました。」 |
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ドライバーさん 「まず、影響力の低い方々に向けて。 影響力が低い状態が続きますと、皆さんの形状に徐々に変化が現れます。」 |
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ドライバーさん 「ナレハテ――最初に皆さんが戦った相手ですね。 多くは最終的にはあのように、または別の形に変化する者もいるでしょう。」 |
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ドライバーさん 「そして試合に関しまして。 ある条件を満たすことで、決闘を避ける手段が一斉に失われます。避けている皆さんは、ご注意を。」 |
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ドライバーさん 「手短に、用件だけで申し訳ありませんが。皆さんに幸あらんことを――」 |
チャットが閉じられる――