―NO.4 diary1―
焼けていた。
辺り一面焼けていた。
喉を焼くような熱さが、
声と呼吸を殺している。
父親と母親と、妹と呼んだ者の焼ける臭いがした。
一家を支えるために懸命に働いた遺体はしっかりとその場に残り、
病気がちな母と小さな妹は肉も骨も火に包まれて消え去った。
熱い。喉が乾く。
眼の前に父の腕が千切れて落ちていた。
パティシエだった父の繊細な手から、
真っ赤な血が流れ出て、目の前に血だまりを作っている。
その血を舌でなぞってみた。
初めて舐めた人の血は鉄のような味がして、
飲み下すのも一苦労で、けれど。
酷く美味しいと思った。
―――思えば始まりからして、彼は人ではなかったのかもしれない。
■■■■■
だから彼らも自分に目を付けたのだろう。
気付いた時には、孤児院のようなところにいた。
それまで自分が何をしていたか、どういう人間であったか、
一つたりとも記憶がなかった。
あるのはデータ上の経歴。知らない人間の名前と、その両親や兄弟の記録。
いたたまれない事故に見舞われたようだけれど、どれも他人事だった。
過去の名すら抜け落ちた少年は、自己がなんであるかを見失っていた。
毎日のように与えられる課題をこなし、CからAの評価を下される。
Aの評価を多く記録した者だけ"外に出る権利"を得た。
彼はそれを一度とて疑問に思ったことがなかった。
何もない彼にとってそれが殆ど全てだったから。
他には、彼の仲間達と、課題を与える優しい先生のこと。
同じように孤児院の中で生活し、共に課題をこなす。
自分を失った彼にとって数少ない繋がりだった。
ある人とは外に出て何をするかを語らった。
先生には自分が将来どんな人間になりたいかをこっそりと伝えた。
一度だけ友人達に菓子職人になりたいなんて言ったら、
男のくせに、と笑われてしまって、腹が立ったから。
それからもう一つ。
誰にも言わなかったこと。
彼には気になる人がいた。
先生には近寄らないようにと言われた部屋。
皆が寝静まった頃に、忍び足で毎夜のように足を運ぶ。
鍵はなく、覗き窓から中が見える。
白い部屋に、質素な椅子が一つだけ。
そこにいつも、少女が座っていた。
――――少女がいつからそこにいたのかは知らない。
ただ、少女は彼を見つけると人懐っこい笑みで話しかけた。
漆器のような光沢の黒い髪。絹のような白い肌。
小鳥が囀るにも似た心地の良い声色。
そして……血のような赤い瞳。
貴方はだあれという言葉から始まって、今日解いた問題の自慢や、
昼食に食べたものの話をする。他愛なく。
酷い折檻を受けて閉じ込められているのかと尋ねたが、
首を横に振るばかりで分かることはなかった。
だから代わりに、この部屋を出る日が来たら、一緒に外を見ようと約束をした。
彼は照れくさそうにはにかんで、少女もくすくすと笑った。
惹かれていたのはきっと間違いないと思っていた。
だってひとたび目を合わせると、心臓を掴まれたように
彼女のこと以外考えられなかったから。
それが名を失った彼の全てで。
全て彼を裏切るものだ。
>>6:00~7:00

[787 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[347 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[301 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[75 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
―― Cross+Roseに映し出される。
ザザッ――
画面の情報が揺らぎ消えたかと思うと突然チャットが開かれ、
時計台の前にいるドライバーさんが映し出された。
ドライバーさん
次元タクシーの運転手。
イメージされる「タクシー運転手」を合わせて整えたような容姿。初老くらいに見える。
 |
ドライバーさん 「・・・こんにちは皆さん。ハザマでの暮らしは充実していますか?」 |
 |
ドライバーさん 「私も今回の試合には大変愉しませていただいております。 こうして様子を見に来るくらいに・・・ですね。ありがとうございます。」 |
 |
ドライバーさん 「さて、皆さんに今後についてお伝えすることがございまして。 あとで驚かれてもと思い、参りました。」 |
 |
ドライバーさん 「まず、影響力の低い方々に向けて。 影響力が低い状態が続きますと、皆さんの形状に徐々に変化が現れます。」 |
 |
ドライバーさん 「ナレハテ――最初に皆さんが戦った相手ですね。 多くは最終的にはあのように、または別の形に変化する者もいるでしょう。」 |
 |
ドライバーさん 「そして試合に関しまして。 ある条件を満たすことで、決闘を避ける手段が一斉に失われます。避けている皆さんは、ご注意を。」 |
 |
ドライバーさん 「手短に、用件だけで申し訳ありませんが。皆さんに幸あらんことを――」 |
チャットが閉じられる――