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【6―2】
姉が消えた、直ぐ後。
ひとりの男が、我らの前に現れた。
そして、我々に頭を下げた。
曰く。
姉のような力の発露は、あり得ないことがいくつも重ならない限りは起こらず。
けれどその奇跡のような重なりが、彼女を極致へと至らしめてしまった。
神殺し。ヒトが至る筈のない領域。
それを、この世において存続させることは、いかな理由があっても許可できない。
だから、
世界の全てをもって、彼女を否定した。
男は。
確かに、そう言った。
そして村人と将兵に、再び首を垂れた。
歪みはじきに修正される。
君たちはあやかしの群れと戦い、これを下した。
以降、あやかしは君たちを襲わないだろう。
不幸は遠退き、幸運が舞い込む。
己の権限をもって、君たちには平穏で幸せな人生を約束する、と。
人は病に弱く、天災に振り回され、飢饉に怯え、戦に惑い、
我々はそれでも懸命に生きていた。
そんな先の見えない日々。どれだけ神仏に祈っても得られない加護。
その加護が死ぬまで続くと明言されれば、喜ばぬものなどいない。
事実、兵たちは喜んだ。
だが、私と両親、村人たち、それに将である阿久津だけは、うかない顔をしていた。
最大の功労者。かけがえのない家族。それを失って、どうして笑顔など浮かべられようか。
結論として。
私たちは、加護とは異なるものを望んだ。
阿久津は、力と知恵。
大きな戦が起こったり、百鬼夜行が訪れたりした時に、全てを守れるように。
戦術や戦道具、陣形に巫術、魔道に至るまで、ありとあらゆる力を研究する。
その為の場所を作るための資金と人材を望んだ。
父母は、山と村を守ること。
姉が生まれ育ったこの地を、自分達の命尽きるまで守る。
姉を忘れてしまっても、穏やかな時がここにあったことを覚えておく。
村人の多くも、これに賛同した。
そして。
私は、刻むことを選んだ。
誰も読めない本に、姉のいた過去を。
そして己の血に、私が真に望むことを。
その片割れ。
誰も読めない本。姉の過去を記した本。
それが、この本である。
“私の異能”がない限り、見つからない。
開けない。読み解けない。
これは、そう言う本だ。
あの男は、私を追放しなかった。
姉だけが戦ったから。
姉だけに力があったから。
姉だけが、戦地に立ち続けたから。
だが違う。
私と姉の持っていた力は同じものだ。
ただ私が、あと一歩を踏み出せなかっただけ。
正気を狂気で塗り潰せなかっただけ。
己の常識を否定できなかっただけ。
だから。
いつか。
子孫たちの道が、再び重なって。
姉の、そして私の持つ力を思い出して。
この本に辿り着いて。
姉のことを読み解いて。理解して。
そして
誰よりも、姉に近くなり
姉の輪郭に重なった時
ようやく
姉が、帰ってくる。
ああそうだ全てはこの為だけに筆を取った何十年経とうと何百年経とうと構うものか私はもうすぐ忘れてしまう姉上姉上どうして姉上だけが消えてしまう姉上はただ護りたかっただけなのにどうして姉上だけがいない何が英雄だ何が武勇だ馬鹿馬鹿しい人もあやかしも愚かすぎて反吐が出る羽虫のように山へ村へやって来なければ姉上は消えずに済んだ憎い憎い憎いどいつもこいつも憎い姉上がどれだけ泣いてどれだけ苦しんでいたか分かるかふざけやがって何が百鬼夜行だ何が神殺しだ御大層な名前だけ背負ってどいつもこいつも姉上に勝てなかったくせに姉上姉上姉上姉上ああまた他愛もない話がしたい鬼灯が生ってたとか狸の子が生まれてたとかそういう話をでももうできない姉上はもういない何処にもだこの世の何処にもだぞこんな馬鹿な話があるか畜生畜生畜生
だから
済まない。
我が子孫よ。
姉上に、最も近いものよ。
血に刻んだ宿願と、
紙に記した記憶を受け入れ、
姉上の“器”となってくれ。
そして
姉上の代わりに、消えてくれ。
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[787 / 1000] ―― 《瓦礫の山》溢れる生命
[347 / 1000] ―― 《廃ビル》研がれる牙
[301 / 500] ―― 《森の学舎》より獰猛な戦型
[75 / 500] ―― 《白い岬》より精確な戦型
―― Cross+Roseに映し出される。
ザザッ――
画面の情報が揺らぎ消えたかと思うと突然チャットが開かれ、
時計台の前にいるドライバーさんが映し出された。
ドライバーさん
次元タクシーの運転手。
イメージされる「タクシー運転手」を合わせて整えたような容姿。初老くらいに見える。
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ドライバーさん 「・・・こんにちは皆さん。ハザマでの暮らしは充実していますか?」 |
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ドライバーさん 「私も今回の試合には大変愉しませていただいております。 こうして様子を見に来るくらいに・・・ですね。ありがとうございます。」 |
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ドライバーさん 「さて、皆さんに今後についてお伝えすることがございまして。 あとで驚かれてもと思い、参りました。」 |
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ドライバーさん 「まず、影響力の低い方々に向けて。 影響力が低い状態が続きますと、皆さんの形状に徐々に変化が現れます。」 |
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ドライバーさん 「ナレハテ――最初に皆さんが戦った相手ですね。 多くは最終的にはあのように、または別の形に変化する者もいるでしょう。」 |
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ドライバーさん 「そして試合に関しまして。 ある条件を満たすことで、決闘を避ける手段が一斉に失われます。避けている皆さんは、ご注意を。」 |
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ドライバーさん 「手短に、用件だけで申し訳ありませんが。皆さんに幸あらんことを――」 |
チャットが閉じられる――