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【6】
この本を読んでいると言うことは、あなたは私の血を継ぐもので、
かつ先に記した物語に疑問を抱き、他に何かないかと探した、と
言うことだろう。
驚くことは無い。
この本は最初から、前述の二つの条件を満たさなければ見つからず、
見つけたとしても読めないようになっているのだ。
そして二つの条件を満たした者ならば、例え文字が読めなくとも
ここに記した内容は読み解ける。そういう風にできている。
『神』との契約によって。
私は荊尾 繋譜音。かたらお つふね、と読む。
物語に出てきた姉弟のうち、弟のほうである。
私がこの文を綴った理由について語る前に、まず、
私と姉の身に何があったのかを語ろうと思う。
我々が山の麓の村に暮らしていたこと。
村が悪人に脅かされなかったのは、当初は父の力と行いがあったから。
その後、姉がそれに替わって村に近寄るものを排除していたから。
ここまでは、先に書いた内容の通りである。
だが、村と山に近寄って来るものは、人だけでは無かった。
妖(あやかし)、障(さわり)、祟(たたり)など……
所謂妖怪と呼ばれる人外の化け物までが、寄って来るようになっていたのだ。
いくつか理由はあったのだろう。
ある妖怪は、占有されていない山を自分の領地にしようとしたのだと思うし、
ある妖怪は、父や母の持つチカラを奪おうとしていたのだと思う。
思う、と言う曖昧な書き方なのは、直接聞いた訳ではないから。
それらは、姉の力によって即死した。
父譲りの『目に依らず周囲のカタチを把握する力』。
母譲りの『いのちの流れを把握し是正する力』。
そして、姉自身の持っていたと思われる、
『二つの力を組み合わせ、発展させる力』。
これにより、山の中に入った存在は直ぐに掌握され、それらの中に持つ流れを
異常な速さに加速させられることで死ぬ。
人なら、己の中に流れる血が体内から体をズタズタに裂いてしまうし、
血肉を持たない妖怪であっても、霊力、魔力、妖気と言った、現存するために
必要なエネルギーを散らされてしまい、存在を維持できなくなる。
姉は決して強い人間では無かった。
常に元気で行動的ではあったが、剣の才能があった訳でもないし、村にいた爺が
教えてくれた符術についても、ごく限られたものしか覚えられなかった。
ただ、殺すことだけなら間違いなく、この世の誰より長けていた。
だから姉は、村に入り込む全ての存在を、ごくわずかな例を除いて
ひたすら排除しながら、平穏を維持し続けていた。
たったひとり、良心の呵責に耐え続けながら。
転機があったのは、都から兵がやって来た頃。
この時偶然にも、妖怪の大群が山に向かってやってきていた。
百鬼夜行、と言う言葉を聞いたことがあるだろうか。
まさにこれだ。空は雲に覆われ、人外の存在が次から次へとやってくる。
連中の狙いは明確だった。
過去にこの山を訪れた名のある妖怪を
討ち取ったものを探し、
これを捕まえ、喰らおうとしていたのだ。
勿論討ち取ったものとは姉のことであるのだが。
兎も角。
その先駆けとしてやってきた妖怪に、山に入ろうとしていた兵がたまたま
遭遇してしまったのだ。
姉は迷った。
放っておいてもどちらかは死ぬ。
憂いを断つなら両方殺すべき。
だが死ねば、どちらの勢力も次を寄越すだろう。
そんな姉に、策を伝えたのは私だ。
最後にどちらかが残ると考えた時。
妖怪たちが残ったら、結局姉や、村の人々は食われてしまう。
ならば人の味方をし、『これまで』を全て妖怪の仕業に仕立て、
協力して妖怪を討ち滅ぼそう。
結果は、先に書いた通り。
阿久津 源之助を含む千百十一名の将兵は、ただの一人も欠けることなく
都に凱旋し、褒美を得た。
また我らの協力に感謝した阿久津は、村人全てを手厚く保護し、
都に移り住んだ者も、村に留まった者も、その全てが不幸な道を歩まぬよう
尽力すると約束してくれた。
ただ。
そこに、姉の名前は無かった。
私もこの文を認め終えた後、『盟約』に従い、姉の記憶を失うだろう。
戦いの序盤は、やってきた兵に戦いを任せ、危なくなったら姉の力で
隙を作ることで凌いでいた。
山のどこから敵が来るか、と言う点は父が伝えた。
父の力は村人にも知られていたし、外にも僅かながら噂が漏れていたようで
兵たちも最初は疑っていたものの、直ぐに信用するようになった。
だが直ぐにそうもいかなくなった。
こちらの兵は百人に増えていたが、やってくる妖怪の位も上がっていて
少しでも気を抜けば十人単位で首が飛ぶ、そんな相手ばかりになっていた。
細かく力を制御する余裕なんかないので、近付いてくる前に大きく間引くしか
戦線を維持する方法が無かったのだ。
そして将たる阿久津がやって来るに至り、もう隠し事はできなくなった。
阿久津は聡明で柔軟な人物だったので、兵たちの話を聞いて回ると直ぐに
何かが村長一家にある、と気づいたのである。
阿久津は直ぐに判断した。
異常に過ぎるこの戦地で兵がひとりたりとも死んでいないのは、この一家の力に
助けられているからだと。
そして、我々に頭を下げたのだ。子供である姉や私の前で、都の将が。
だから、我々も覚悟を決めた。
勿論、多くを背負うのは姉になるのだが。
父も、母も、そして自分も。出来得る限り皆を支えようと考えた。
何処で間違えたのだろう?
姉の力は強くなっていった。
より広く、より速く、より様々なものに干渉できるようになった。
妖怪を倒すごとにその力は強まって行った。
やがて、伝説に名を連ねるような大物がやって来て、
それすらも姉は殺してしまった。
戦って、ではない。戦いにすらならない。
領域に入った次の瞬間には死んでいるのだから。
凶悪な力ではあるが、それでも内容を看破されれば何かしら策を講じられる
可能性もある。だから村の爺と、阿久津と、術の心得のある兵とで、
様々な術を検討した。
無数の刀を浮かべ、その群体の中に姉の力で『刀型の空間』を多数作る。
そして一緒に飛ばす。刃を防ごうとしたものは、その中に紛れ込んでいる
『誰にも防げぬ刃』が通過した瞬間、己のいのちを暴走させ、死ぬ。
そんな方法を実際に考案し、使った。
姉の望みで、姉が力の持ち主だと分かるよう、目立つように着飾らせ、
派手に登場させたりもした。
そして、姉は。
相対した全てのものを殺した。
本来は殺せない筈のものすらも、殺してしまった。
竜とか。あるいは、神とか。そう呼ばれる次元の存在。
高次の妖怪すら滅ぼすような存在が人の中にいたら、やがてこの世に
致命的なひずみをもたらすかもしれない。だから排除する。
そんな理由で、更に上の次元の存在から遣わされた『らしい』もの。
それすらも。
姉は、一方的に、殺してしまったのだ。
結果、姉は
消えた。
前触れなく。唐突に。
姉は。
荊尾 水渡里は。
この世のどこにも、いなくなってしまった。
(続く)
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