
以前『私』から離された隕石を打ち落とす日。それは今日だ、と楓子は誰に言われるでもなく確信した。朝起きると当然のようにそう思い、朝のジョギングと予習を行い、普段通り学校へ行き、友達とわいわい過ごして、放課後をイノカク部で過ごし、帰宅してゲーム実況を撮って、普段より少し多い30分の雑談配信をして終わる。
いつもならばここでシャワーを浴びて寝る所だ。でも、今日はこれから用事がある。
椅子から立ち上がって、なんとなく制服に着替えて窓を開ける。五月といえまだ少し肌寒い。上着を一枚追加して、戸締りをしてふわりと空へ繰り出した。
星空がよく見える。下にはイバラシティ、夜の明かりが見える。上も下も、
「綺麗ですね」
一人そう呟く。宇宙(うえ)も、都市(した)も変わらない。すこしの間浸ってから、移動を開始した。あっという間に人気のない場所へ到着し着地するとそこで初めて『私』が姿を現した。楓子の背後から、音もなく現れる。
「こんばんは、いい夜ですね」
『こんばんは。そうだね、いい夜だ。本当なら星見でもして帰してあげたいくらい』
「そんなわけにもいかない、と。でもそれらしいモノは見えませんけど」
『見えなくしているからね、勿論見えちゃう人もいるだろうけど……、フーコちゃん向けに解除するね』
そういって『私』が天へ右手を突き上げて、指を鳴らす。
ぱちん、──ごう。
楓子にはそう聞こえた。勿論そんな音は周りに聞こえなかっただろう。いまだ『私』によるゴマカシは継続中なのだ。でも、楓子には見えた。
巨大な隕石。本当に、そこにある。幻だって言われても信じられないくらいの説得力をもっている質量が、相応の迫力を携えて、こっちを睨みつけるように落ちてきている。
どう考えても、落ちてきたら、終わりだ。
そんな状況でも楓子は何故か落ち着いていた。眠い? いや、そうではない。他人事? 違う。
『私』が言ったのだ、楓子(わたし)なら撃ち落せる、と。
「始めるよ」
『うん、お願い』
大きく深呼吸をしながら、楓子は異能出力を上げていく。少しずつ、しかし普段は止める所を超えて、未だ知らぬ限界を目指して。
マフラーがばたばたとはためく。
雷が彼女から漏れ出し、また彼女に戻ろうと周囲で渦を巻く。
(まだだ)
それでも限界には程遠い。
楓子は心の中で、アクセルを踏み込むようなイメージで上昇の幅をあげた。
その瞬間、周囲で渦を巻く雷が消失した。まるで枷を外したように、バチンと音を立てて消えたのだ。
楓子を中心に、地面が青い光を発し始める。
その範囲はどんどん拡大していき、見渡す限りの地面が光り輝いた頃。
(そろそろかな?)
楓子は右手をあげ、射撃のイメージを作り始める。幸い、異能の射撃応用は剣野諸刃から伝授されていた。まずは射撃の為の土台を作る。剣、雷硬剣(カラドボルグ)。
右手に寄り添うように、楓子の身の丈より巨大な剣が展開される。青く巨大な剣。しかし、とてもそれだけで迫り来る隕石を打ち落とせるようには思えない。
(もっと、もっと”集めない”と)
楓子がそう思うと、地面から青い光が楓子の周囲へ集まっていく。光は雷硬剣へ吸い取られていき、剣は光を増していく。大きさではない、問題は秘めた力だ、と言わんばかりに。
●
剣ヶ峰楓子は集中している。目の前の脅威を排除する為に。
普段の彼女であればこんなにも淡々と出来事に対応しているだろうか?
おかしい。
間違いなく、おかしい。
隕石ぃ……? まことぉ……? ゲームのやりすぎじゃないですか、隕石が落ちてくるなんてアメリカ様にお任せてしてエアロスミスとかバックに流しておきましょうよ。
とか、言うに違いない。
何故こんなにも大きな出来事を、”よくある一つの出来事”として対応しているのか。
何故こんな大事を日頃頼りにしている先輩に全く話さないのか。
何故、光が自分の体からも零れ、足先や指先が少しずつ消えていく事に気付かないのか。
その事を指摘する人間は誰もいない。
●
雷硬剣を射出する事へ意識を向けている楓子は思う。
(まだ、まだ足りない。もっと集めないと)
力がどんどん上昇していく。限界はまだ遠く、必要量へも未だ到達していない。
上がれ。上がれ。上がれ。
来い。来い。来い。
“ワタシ”の力を出す時だ。
その瞬間、ふと思う。
(あれ、私……って。誰だ……?)
そんな疑問が浮かぶ。でも、周囲ではそんな事は関係無しと光が集まって、剣に吸い込まれていく。疑問が浮かんで初めて、自分の奇妙な状態にも気付いた。
その時点で、もう体のほとんどが消えていた。
何が起きているのか分からない。でも恐怖心は無かった。
『私』が何処からか声をかけてくる。
『今までの体だと、耐えられなさそうだからね。”3回”作り直しておいたけど、まだ足りなかったみたいだから』
サービスだよ、と続けた。
体を作り直している……? 3回? 楓子の中で浮かんだ疑問は、過去の出来事をフラッシュバックさせる。
両親の死。
中学校の体験。
自分で起こした馬鹿な事。
それぞれが鮮明に思い起こされ、トラウマを刺激される。首元が締め付けられるような感覚がする。何かに見られているような気がする。嫌な目をしたモノに。
嫌な思いが伝播するように、周囲の光が乱れ、剣の輪郭が不確かになっていく。エネルギーが漏れ出し、剣身がズレる。
『大丈夫だよ、フーコちゃん』
声が聞こえる。
『フーコちゃんは、それでも前に進める子だから』
そんな事は無い。いつだってしんどいんだ。いつも気を張ってるんだ。
『そんなフーコちゃんだから助けてくれる人はいるじゃない』
それは確かに、そうだ。対等でいてくれる人、世話を焼いてくれる人、一緒に遊んでくれる人。
友達、先輩、教師、師匠、恩師。
自分達に上下は無いと言ってくれた人が居た。
自分の夢を笑わずに応援してくれる人が居た。
自分の体をただ心配してくれる人が居た。
こんな自分を。
いや、違う。
こんな自分といっていては。
そんな後ろ向きな思考では。
「
しゃらくせぇんですよ!!!」
いつものように、気張って前を向くのだ、剣ヶ峰楓子。
あの人に教えてもらった剣は、もっと綺麗だ。
雷硬剣、それを携えて。
☆彡
彼女のそれを”思い直し”か”問題の先送り”と呼ぶかは分からないが、それを契機に彼女の肉体は一片の欠損もなく現れる。
青いマフラーがはためく。
雷硬剣は剣身をハッキリと主張し、その切っ先を隕石へ向けていた。
「
参ります!!」
イノカク部でいつもするように、飛び掛かる前にはまず一声。
巨大な雷硬剣が、射撃体勢を取り、
青い光線となって隕石へ直撃する。
光線は徐々に半径を広げて隕石を覆う程になり、程なく石ころ1つ残す事なく消えた。
後に残るのは、楓子と『私』だけ。
構えを戻して、楓子は『私』に向き直る。
青いマフラーがたなびく。
「……」
なんといっていいのか迷っていた。色々と確認したい事がある。『私』の正体。体の作り直し。異能の正体。その他諸々。
『お疲れ様、助かったよ』
そんな事を知ってか知らずか、『私』は気楽にそう言った。
『今日帰ろうか、疲れたよね。そのうちまたやる機会があるかもしれないけど』
「ちょっと待ってください、そんなにちょくちょくあるんですかこれ」
『あぁ、そうだね。とはいっても1000年は無いよ』
「次の頃には死んでるじゃないですか」
『大丈夫大丈夫』
そんなわけないでしょう、と言おうとして、
『楓子は生きてるよ。あと一億年は大丈夫』
「……はい?」
『お疲れ様』
そう言って『私』は消えた。
逃げた。
説明を避けた。
ハッキリとそう感じる。
私に後ろめたい何かがある。
というか、
「一億年って……何……?」
その異常なタイムスパン、何さ。
──☆