
緩やかに立ち上がる意識に、白い景色が広がっていた。
子供の小さな視界には仕切りも見えず、真っ白い景色は輪郭も無く、起きているのか眠っているのかも分からなくなる。
体を動かしてみようとして、ようやく何かに座っている事に気付いた。それがキッカケになり、目の前に透明なテーブルが──出来ていく。
白いキャンパスにテーブルを描いているようだ。黒い線が空間を走って円を作り、支えを作る。
じっと見ていると、まるで線が少女の視線に気付いたかのように止まって、矛先を少女に向けた後、再び仕事に戻っていく。
白い空間に線だけでテーブルと椅子が表現された。
触ってみれば、硝子のような手ごたえが返ってくる。ペタペタと触っていると、
『こんにちは』
女の声が聞こえた。少女が顔をあげれば、テーブルの向かい側に女がいた。
黒い髪を後ろにまとめていて、紺色の上着に灰色のスカート。学校の制服のようだった。
何処にでもいそうな顔で、何処でにでもありそうな恰好だったが、少女を見つめる虹色の瞳が普通の存在ではない事を物語っていた。
『フーコちゃん』
女の声だけが無音の世界に響く。
『友達になってほしいんだ』
笑顔の女。その言葉に剣ヶ峰楓子は、
「いいよ! 私、つるぎがみねふうこ、みょうじは長いから、ふーこってよんでいいよ」
そう答えた。女は笑みを深める。母親のように穏やかで、
『ありがとう。いつか ────』
夢のような不思議な空間で起きた一幕。
☆──
「懐かしい夢見た……」
寮の私室で目覚め、見慣れた天井が広がっている。
軽く視界を傾けると、ぬいぐるみのクマジロウがのっそりと座っている。我ながら枕元にぬいぐるみを置くなんて少女趣味だと思うが、他に置く所もない。
クマジロウを撫でて起きる。今日も一日頑張りますか……。
『フーコ』
そう思っていると、『私』から声をかけられた。珍しい、滅多な事では出てこないのに。
彼女はベッドから少し離れた空間に座っていた。
「どうしたんですか、珍しいですね」
『今日はちょっとお願いがあるんだ』
なんと、『私』からお願いとは。昔からたまに出てきては小言を言ったりする位の相手だったけど、お願いをされるのは初めてだ。
「いいですよ、なんですか?」
『内容を聞く前に承諾するのはやめようね。中学校で痛い目にあったじゃない』
「いいじゃないですか、騙す相手でもないですし」
『──はぁ、それで頼み事なんだけどね』
どんな内容だろうか、と思いながら聞くと、
『ちょっと、隕石撃ち落してほしいんだ』
なるほどね。口調らしい気軽な頼み事、なわけがあるか。
「出来るか!!! ちょっとコンビニ行って来てのノリで何を言ってるんですか貴方は!!!」
『本気だよ、冗談じゃない。それにフーコには出来るよ』
「出来るか!!! 二回言いましたよ!!! 第一なんですか隕石って!! NASAにでも任せておいてくださいよ!」
『NASAはそういう組織じゃないよ。ちょっと事情があってね』
『私』はため息をつく。頬に手を当て、天井を見上げながら続ける。
『普段はああいった隕石は木星さんが引き寄せてくれるんだけどね……、今回はちょっと軌道がよくないらしいんだ。
先に分かったから、近づきすぎて皆を驚かせるのもよくないでしょ? だから先に破壊しておきたいんだよね』
「いや、事情を説明してほしいんじゃなくてですね? 出来ない、って話ですよ。射撃は出来なくもないですけど、そんな人類の限界を超えた距離を狙撃をしろってのが無理なんですって」
『大丈夫だよ』
「いえ、ですから」
『フーコには、出来るから』
確信している。出来ないとは微塵も考えていない。その声を聞いて出来そうな気がしたりはしないが、
「分かった……、やってみる事はやってみます。サポートしてくれるんですよね?」
『勿論。すぐじゃないよ、四月末か……五月の頭くらいかな』
「何か、やっておいた方がいい事とかありますか?」
『そうだね、各地を元気にしておくとより間違いがないかな』
「元気に?」
『そう。フーコが行くだけで大丈夫だよ。色んな所を歩き回ってね』
そう言うと『私』は消えた。残された私はパソコンに向かい、天文情報を調べてみる。
当然だが、隕石が接近しているという情報なんかは出ない。恐らく嘘ではないだろう。
何処から情報を得たのだろう。一体何者なのか、未だに分からない。
分かるのはただ、『私』は友達であるという事だけだ。
パソコンからベッドに戻り、天井を見上げる。
見慣れた天井をいくら見ても、隕石など見えたりはしない。
右手を天に突き出し、指で拳銃を作る。
射撃の練習でもしておかないと。
「ばーん」
──☆
『私』からのリクエスト