
全員殺してやろうか、と。何度思っただろう。
「■■■■、■■■■■。■■、■■■」
「■■。■■■」
「■■■■。……巽くん、次は―――」
「(何が“巽くん”だ)」
温度のない漢字10文字。覚える気にもならない“能力”の出力装置としか自分を見ていない連中。
知らないのだろう。
この邪魔くさい機械も、首輪や枷には足りないというのに。
彼らの顔には、危機感が足りない。
気遣いも、施しも、余裕という土壌にようやく芽生えるものだということを、奴らは教えてくれた。
これがある以前と以後で、俺への接し方が笑えるほどに変わったものだから。
――――
……もう何度目にもなる、下らない“手遊び”を、馬鹿みたいに繰り返す。
高エネルギー物理学。この世界を構成する最小単位、素粒子の探求。
例えば、ソラから落ちてくるそれを捕まえたり。
例えば、手元で条件を作り、発生したそれを取り出したり。
「君の力は、人間社会に多大に貢献し得るものなんだよ」
……本気で言っていたなら救えない。
子供相手に“その気にさせる”文句としてそれなら下手くそにすぎるから、多分本気だったのだろう。
失笑ものだ。今はもう顔を見ないいつかの誰かも。
その気になった、自分も。
未知の素粒子がどうのとデータを見て舞い上がる連中の、気分高揚に貢献はしても。
“人間社会”とやらが、何か良くなっている気は微塵もしない。
……少なくとも。
俺の家から、笑顔が、減った。
「(全員殺してやろうか)」
ぐるぐる、ぐるぐる。
定められた範囲を加速し、時に衝突させられる陽子の群れが。
気まぐれ一つでそちらに向くのだということを、理解している者はどれ程居るのだろう。
まともに考えてそうであるように、自分の体を透過してくれると高をくくっているのだろうか。
今まさにそれを、自分達の指揮下、“異能”で以て捻じ曲げながら。
「(……あぁ、でも)」
その後どうするか、というところで些細な稚気は萎んでしまう。
歳不相応に聡明にすぎる子供。
常ならざる能力を生まれ持った長子に対し。愛すべき両親の対応は、むしろ出来た人のそれだろう。
“せめて”と役立とうとした息子に、子供で在れと説いた。
気味の悪い子供であることへの負い目に苦しむ息子に、“一緒に頑張ろう”と。
自分達なりに、家族であろう、と。
それが出来なかったからここにいる。逃げてきた、どん詰まり。
わかっていた。この“貢献”は、決して巽家を幸福にはしない。
わかってはいた、のだけれど。
「巽くん、次は―――」
「……」
黙って、従う。
こんな奴らはどうでもいい。人間社会とやらも、どうでもいい。
ただ。
あの優しい人達が、互いへの愛と敬意の後、少なからず心身にも、経済的にも負担を負って。
産み落とされたモノが。ただ気持ちの悪い何かであってはならないのだ。
せめて負担を埋め合わせ、投資に余りあるものでなければならない。
「(弟でも、妹でもいいな)」
「(あぁ、でも、弟の次に妹がいい。頑張れ、お兄ちゃん)」
実験の中、未来の夢想が楽しみだった。
「(そしたら、ここの誰か一人、最初に目に付いた奴をひっぱたいて、辞めよう)」
「(母さんの代わりに家事をして、父さんが居ない時は話し相手になろう)」
「(……落ち着いたら。ここで稼いだ分で、一人暮らしをしよう)」
どうか、やり直して欲しい。
優しい人達だった。心から尊敬できる人達だった。
だから、きっと。
こんな間違いがなければ、世界で一番幸せな家庭を作れるはずだった。
「巽くん、次は」
「わかってる、次は―――」
―――世界が、真っ暗になった。
パニックになった頭が状況を理解するのに、数秒を要した。
「(なにも、みえない?)」
視覚は問題なく働いている。部屋も、自分の体も見える。
止まったのは、自分の“観測”。己の意思に関係なく、能力が止まっている。
実験室にただ一つのドアが開く。スピーカーは沈黙したまま。
……気だるげに部屋を見渡し、後こちらに目を遣ったそいつは。
頭の天辺からつま先まで、“黒”い男だった。
「―――……概ね予想通りではあるけれど」
「……誰?」
睨む視線も意に介さず、溜め息をついて。
「胸糞悪いな」
それが、1つ目。
自分の人生を変えた、出会いだった。
――――
「―――、……」
頭を振る。
意識が朦朧としていた。自覚できている内は深刻な問題にはならないだろうが。
休んでいる暇はない。時間がないのだ。
道行けば襲いかかってくるハザマの住人。
アンジニティの侵略者の手がこちらに及ばないのはどういう考えがあってのことか。
わからないが、今は僥倖だった。それらへの対処だけでも中々に体力を使うものだから。
「(侵略、戦争……)」
“どうにか”できるものであるのか。考えることに意味はない。出来るものとして動く他ないのだから。
……両陣営の案内人らしい連中のやり取りが、Cross+Roseの機能で確認できる。
どうやら連中も、全ては知らないらしい。不測の事態、期待をかけるならその辺りだろうか。
「(奴らの思うままに自体を進めれば、“本来”の結末に至るだけだろう)」
ロストがどうの、そういった“余分”に取り組む意義は十分に感じられる。
「(コメットの問題は……)」
……分からない。結局、“あちら”の自分も、それについて何も貢献していない。
「(ハザマの家に、何か、残っていれば……或いは)」
いびつな形ではあるが、この世界にはあちら側の名残が感じられる。
では、チナミ区のあの座標には、コメットの家の名残とでも言えるものがあるはずだった。
「(少なくとも、魔女殿はこの事態に“巻き込まれて”はいない)」
であるならば―――
「…………あぁ、全く」
展開した防御式の外縁に、何かが触れる。形状は四足獣、恐らくはこの世界の住民。
あちらからすれば、侵略がどうのとそれこそ“知ったことではない”のだろう。
理不尽だ。わかっている。わかっては、いるのだけれど。
「邪魔、を、するな」
寛容は余裕から生じる。
今、自分には、余裕がなかった。