始まりはただの嫉妬だったのだろう。
両親は姉のことばかり構っていた。
仕方のないことだと思う。
姉は俺と違って体が弱かったから。
姉は俺と違って要領が悪かったから。
姉は俺と違って不出来だったから。
帰ってくればいつも顔は泥だらけ、血だらけで。
それでも親にその顔を見せまいと、必死で隠して。
嘘をつくのが下手な姉だ。両親も薄々わかっていたのだろう。
だから姉につきっきりで、俺のことはいつも二の次。
手のかからないいい子だと思っているのだろう。
けれど、俺だって決していい子ではなかった。
バレなければ、悪い子にはならない。
けれどバレなければ、構ってはくれないのだと──
一時の嫉妬に身を任せ、外に出た俺はやりたい放題異能を使った。
あの時の俺は世界を勝手に書き換えることも出来た。
楽しかった。まるで神にでもなったかのような気分だった。
これだけ暴れれば、父さんも母さんも自分を見てくれる。
──まあ、考えが甘かったのだろう。
結論から言うと、俺は"いないもの"となった。
他の大人の存在を、全く気にかけていなかったのだ。
世界の書き換えという、おおそれた行為。
それは両親よりも先に一部の悪人の目に付いた。
そこからは語るのも恥ずかしい、情けない、くだらない話だ。
なんという皮肉だろう
異能を悪用されて、心も体も使い潰されて。
お前も同じだ
用無しになった俺は全てを奪われて捨てられた。
これは否定された世界のお前だ
それでも帰る場所だけはあると思っていた。
けれど……家族が過ごしていた場所には知らない人が住んでいた。
調べてみればイバラシティという街へ移り住んだという。
──子どもを置いて? 捜索願も出さず?
嫉妬は憤怒へと変わる。気付けばその足は空港へと向かっていた。
以前ほど自由に異能を使えないとはいえ、ゼロを無限に変えることなど造作もないことで。
異能で作り出した資金を元に、必死で家族を探した。
そうしてやっと見つけた両親は────
「どうしたの? あなた、迷子?」
「何があったんだい? おじさん達で良ければ話を聞くよ。」
「お腹も空いているんじゃないかしら……こんなに汚れて……」
「安心しなさい。僕たちは君の味方だ。困っているなら手を貸すよ」
確かに姉にばかり構っていたが、俺のことだって大事にしていてくれたはずの二人。
その二人にとって、俺は"知らない子供"になっていた。
俺は全てを奪われたのだ。
家族の、俺に関する記憶も。俺の存在すらも。
これらは全て、ワールドスワップがなければ起きなかった事だ。
姉なんて俺にはいなかったし、いなければ家出だってしなかった。
俺の日常は侵略が果たされる前に、それが始まった時点でとっくに壊されていた。
【───区で落盤? 洞窟崩れる 1人心肺停止】
2019.6.X 地方新聞の一記事
姉さん、俺の事覚えてる?
目を見れば嫌でも思い出すよ、お前は直接覚えてないかもしれないけどさ。
俺の後悔も憎悪も。全部見れば嫌でもわかるはずだ、お前と俺とが姉弟だってことも。
俺が毎日どんな目でお前を見ていたかってことも。
──はは、お前の異能相変わらず趣味悪いな。全部筒抜けなんだろ、これ。
ちゃんとわかってくれたみたいで良かったよ。そう、お前が忘れた弟だ。
……なんでそんな顔してるわけ? 謝って済む問題でもないんだけどなぁ。
本当は見つけた瞬間殺そうと思ったんだけどさ、
でも楽しそうに生きてるじゃん? 勿体ないから生かしてやろうって……
は……何? 譲る? 何言ってんのお前?
友達に迷惑をかけたくない? 今まで忘れていた分の償いをしたい?
……へぇ、そう。そりゃ都合がいいや。
じゃあちゃんと隠しきれよ、性別。
俺が十神十になったらちゃんと男だって言うからさ。
俺の居場所の為にもう少しだけ頑張ってよ。
とりあえず日記はつけてもらおうか、これから二人でやってくわけだし。
俺はお前と違って人の脳を弄繰り回したりはできない。
例え記憶が0と1で出来てたとしても、それの処理は俺にはできないから。
まあいいや。それじゃよろしくね、姉さん。
中二病の仮面をかぶった大嘘吐きの──俺のたった一人の家族。
【───区で落盤? 洞窟崩れる 0人心肺停止】
2019.6.X 地方新聞の一記事
「『先日の記事の見出しに不適切な表現が含まれておりましたことをお詫び申し上げます』
……ったく、誰だよテンプレそのまま突っ込んだやつは」
2019.6.Y 新聞社の一角、作業スペース
十神 ■
──死体は、観測されなければ死人ではない。
彼はイバラシティの住民である。
彼は何かの異能によって"いないもの"にされた。
望むのは失われた居場所の奪還。
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異能『リライト・インフィニティ』
それは数値を改竄する異能。
数値で表されるすべての事象・データ、
かつ彼が数値を認識できたものに適応される。