■2回目
酔いそうだ。
感覚的にはただ、時間が過ぎ去っただけなのに。
その一瞬で記憶がずるりとずれたような感覚がした。
覚えている。
『数分前』の自分が覚えていないことを、今の自分は覚えている。
遊園地のデートのこととか。妹が押し掛けてきたこととか、
色んなことを思い出せるのに。
それ以外が何も変わらない。
服の汚れも、腕にできた傷も、『数分前』のままだ。
時間の流れがよく分からない。
それに、前にもまして何か、妙な胸騒ぎがする。
何かを自分は知っている?
それとも忘れている? どっちだ?
何にせよ。
ヤーさんと妹と合流できたのは幸いだった。
他にも何人か連絡の取れた人間がいる。
少しずつ情報交換をして、状況を良くしていこう。
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ミトリヤ 「おにい。水汲んできたよ」 |
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ミツフネ 「サンキュ。ヤーさんにも渡してくれ」 |
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ミトリヤ 「おっけー。……何書いてんの?」 |
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ミツフネ 「日記。とりあえず状況を記録しとこうと思って」 |
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ミトリヤ 「ふ、ふーん。妙なトコまめだよね、おにい」 |
そもそも『日』が過ぎているのかどうかも分からない。
状況は今の所悪くはなっていないらしいが、
傾きが生じるのも時間の問題だろう。
兵は神速を尊ぶ、とは古い言葉ではあるが、真理でもある。
この世界に連れてこられた人間は多いが、その全てが戦闘向けの
異能を持っている訳ではない。
にも拘らず、降り立つと同時に戦闘は発生。
自分はどうにか切り抜けることができたが……
妹、ミトリヤは彼女曰く『危ないところ』だったらしい。
その割にはぴんぴんしていたので多分嘘だと思う。
……ただ。
気になるのは、両親と師匠、友人の状況。
それに何より──
(……杏莉)
上書きされた直近の記憶を遡っても、彼女が自力で戦えるという
痕跡や情報は残っていない。
安里 杏莉は、多分今も、普通の女の子でしかない。
そして、彼女に合流したという友人の常盤 朱火も、記憶が定かならば
今は余り頼ることができないと筈だ。
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ミトリヤ 「……ねえ。杏莉ねーさんと合流、しないの?」 |
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ミツフネ 「……したい、けどよ。……したいけど……」 |
傍で守りたいのはやまやまである。
だが、向こうに一定の人数がいるのであれば、余り固まるのは悪手になる。
これは『陣取り合戦』なのだ。今この場で彼女を護ることに固執する余り
『相手に街を奪われました!』となったら本末転倒だ。
それなら。
身軽に動けるこの状況で先行し、橋頭保を確保するほうがいい。
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ミツフネ 「知り合いに情報を伝達する。 少し時間がかかるから、周囲の警戒頼む。 何か見えたら俺かヤーさんに伝えてくれ」 |
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ミトリヤ 「りょーかい! えへへ、何かこれ昔ドロケーやってた時みたいじゃない?」 |
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ミツフネ 「お前な。遊びじゃねえんだぞ、油断すんなよ」 |
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ミトリヤ 「はーい分かってまーす。 んじゃ、周りを見張ってるね!」 |
溜息ひとつ吐いて、空を見上げる。
目に入るのは、
“Cross+Rose”の文字。
後悔なんてしたくない。
やれることは全て、やっておかなければ。