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あぁ……気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い……。
頭痛と吐き気が収まらない。
崩れかけの岩山に身を預けて一人浅い呼吸を繰り返していた。
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ヤト 「――…――!」 |
ぴくり、と耳が聞きなれた音声を拾った。
―――レオンだ。
ふらりと立ち上がるとその声のする方へ羽ばたいていく。
見慣れた姿を見つけると、高い枯れた木の枝に音もなく降り立って、しゃがみこんだ。
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ヤト 「……うっせぇわ…。ドンダケ叫んでんだよ…」 |
レオンは『いつもの様に』犬の様に尻尾をふって駆け寄り、自分を見上げた。
イバラシティを侵略することにも乗り気で、明るい調子で『楽しみ』だといった。
確かにイバラシティで過ごした日々は『楽しかった』。
ただ……『楽しかった』その日々を過ごした君島隼という名の『自分』は、実際の自分とはあまりにかけ離れすぎていて、到底『自分』とは受け入れられない存在だった。
遠く、どこか知らない国の映画を見せられた様な、そんな感覚。
それに反して屈託なく、あの日々を楽しかったと言えるレオンは、向こうでもこっちでも、ほとんど変わらない。
どこにいてもレオンは………レオンのままだった。
――その事に心のどこかで安堵した。
君島隼にすべてを乗っ取られてしまったような気持ちに苛まれたが
…やはり本来の自分は『ヤト』なのだと、再認識することができた。
――元の世界は此処と少し似ている、荒廃した土地、太陽も昇らず、昏い、混沌とした世界。
きっと、イバラシティの方がずっと楽しく平和に過ごせるだろう。
だが、自分には『目的』があった。
――元の世界の上級悪魔達を、殺し尽くすという目的が…
その目的のために、ずっと独りで生きてきた。
殺して
殺して
殺して
もっと力のある悪魔を殺すために、己の中に力を蓄えて……
それを諦めてイバラシティで生きるという事は、自分が自分でなくなってしまう気がしたのだ。
それこそ、『君島隼』に全てを奪われるような――…
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ヤト 「…………。」 |
レオンは、此方の様子を伺いながらも、深くは追及しない。
何年も一緒にいたからか……ある程度『解る』のだろう。
イバラシティへ戻る事に否定的な自分に対して、これからどうするか…という問いに
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ヤト 「…………俺は――…」 |
口を開きかけたその時………――
声をかけられた。
聞きなれた声に視線を向ければ、其処には…
青い瞳と銀の髪……イバラシティで得た記憶の中にいる、あの男と同じ顔の―…
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ヤト 「(――曾我部…零夏……?)」 |
だが、記憶の中の男とは雰囲気がまったく違う。
態度も、表情も、話し方も、佇まいも……何もかも違う、まるで…別人だ。
……当然だ。自分と君島隼も……全然違う…『別人』なのだから……
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ヤト 「――………。」 |
自然と、視線を逸らした。
自分の中の『君島隼』がこの『曾我部零夏』を受け止めきれていない…のかもしれない。
妙にざわつく胸中に嫌気がさす。
此処での呼称を問われたが、暫く顔を逸らしたまま二人の会話に耳を傾け黙っていた。
しかしこのまま呼称をこたえなければ『君島』と呼ばれかねない。
聞きなれたその声で、その名で、自分を呼ばれる事は……避けたかった。
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ヤト 「………―ヤト。」 |
簡潔に…其れだけを答えた。
あまり、この男と会話をしたくない。
男は…『レーカ』は、イバラシティ侵攻に対して気が乗らない事が理解できない様子だった。
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ヤト 「イバラシティには…興味ねーんだわ…。 偽物の世界で仮初の人生なんて……無意味っしょ…?」 |
ぐっ、と自分の腕に爪を立てる。
どこか、自分に…自分の中の君島隼に言い聞かせている…のかもしれない。
自分にとっては元の世界だけが本物の世界。
突然堕とされたアンジニティという世界も、与えられたイバラシティでの暮らしも…全て偽物なのだ。
しかしこの世界…《否定の世界》アンジニティは…どんなことをしようと自力では出ることは叶わない監獄の様な…そんな世界だとレーカはいう。
此処から抜け出し故郷に帰るには、イバラシティを侵略する他ないのだと。
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ヤト 「…………」 |
イバラシティを侵略した後は、そこから故郷の世界へ帰ればいい。
加えて、侵略を望むならバラバラに攻めるより意思疎通のできる相手と組んだ方がより効率的である。
レーカの言葉は的確且つ効率的だ。
侵略する目的にも協力を仰ぐ理由にも納得がいく。
此方の利害も一致している。
ただ、どうしてだろう。
曾我部零夏という虚像の記憶との差異に触れる度に――
……此処から自力で直接出る事を試すにしても、時間がかかる。
この男と取りあえず組んで侵略をしながら、
自力で脱出する術を見つけられればすぐにレオンと此処を抜け出せばいい。
…悪くない手……のはずだ。
――ふと、イバラシティで過ごした夜を思い出す。
…戯れに交わした口約束………
まさかこういう形で実現するとは、『君島隼』も思っていなかっただろう…。
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ヤト 「………――その話、ノってやんよ人間……。」 |
――故郷へ戻る為、イバラシティを侵略するため、利害の一致による一時的な共闘の約束。
――利用できるものは……なんでも利用してやる…。
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