半袖でも、生地の薄い制服を着ていても暑いと感じた季節は過ぎて、最近の朝夕は上に3枚ぐらい羽織りたいぐらいの気温。
着替えを家に取りに帰れないから正直今すっごく辛い。
今、状況が状況だから、あんまり自分にお金をかけたくはないんだけど、……上着1枚買うぐらいは、みんな、許してくれるよなーって思って、今は町まで出て買い物中。
――って言っても、完全にウィンドウショッピング状態なんだけど。

誰か、服を一緒に選んでもらうためにリレッタさんかリセナちゃんについてきてもらえばよかったかなー。
こういうときはやっぱり女の子がいい。カミユくんとかクリスくんとかにお願いして一緒にきてもらって、うわ、変な趣味、とか絶対思われたくないもん。
でも、……”一揆”で皆がんばってるときに、あんまりプライベートなことでわがまま言いたくない、っていうか。
いくら政府に仇なす賞金首！でも、買い物ぐらい1人で出来るようにならないと、これ以上役立たずが、って思われちゃうのも嫌だし。

店頭に並べられた服を眺めながら、あれ着たら可愛いかな、可愛いって言ってもらえるかな、なんて考えて、1人でにやけて、1人で不安になって。
こんな事、してる間はまるで――私がいた世界とかわらなくて、なんだかちょっと面白い、なんて思ってたらくしゃみが出た。

やっぱり半袖じゃ、うん、昼間だって、すごく、寒い。
この世界でも、四季ってあるんだなーって思うと、ちょっとほっこりするし、
もう四季の半分が過ぎるほどこの世界にいるんだなーって思うと、ちょっと寂しくもなる。

もちろん、みんな、とっても良くしてくれてるし、暮らしに不満があるわけじゃないんだけど、
やっぱり故郷は恋しい。お父さんお母さんも恋しいし、友達とだって遊びたいし、憧れの先輩を、ああ、かっこいいなーって眺めてた呑気な私自身もなつかしい。
今じゃきっと、先輩をきらきらした眼差しで見れないだろうなー。
かっこいい人、……っていうジャンルでくくるなら、ぜんぜんこっちの世界の方がレベル高いし。

……ああ、もう何だか考え事すら、ぜんぜんまとまってないなー…。
まあ、独り言みたいなもんだから、まとまりのなさを気にする必要なんてないんだけど。




――――……あ、れ？

さっきまで人がちらほらと通っていたはずなのに、気付けば誰もいない場所。
……っていうか、これは町外れまで歩いてきちゃってたみたいで。
流石にあんまり人気のある場所を堂々と歩けない身とはいえ、迷子はちょっとカッコワルイな、なんて苦笑い。
元来た道はどっちだったっけ？

こんなところはやっぱりこの世界に来る前と変わってなくて、成長してる、なんて言ってもまだまだ駄目なところも多い。
えーと、……たしか、あっち？　うーん、それともこっち？
右とか、左とかを見てみるけれど、似たような壁の色、似たような町の風景、全然わかんない。
とりあえず、最悪誰かに聞こう、結構言葉は喋れるようになってきたんだから、片言で道を聞く外人さんぐらいにはなれる、って思うし。
誰もいない道は、ちょっと薄気味悪くて。だからつい、……人の気配を求めてしまう。

少し、歩いて。見覚えある道にはさっぱり出なくて。
むしろ遠ざかっている気配すらして、どうしたものかなー、なんて頭を抱えようとした頃。
フードを被った女の子が私の進む先に見える。

ああ、よかった、……ちょっと相手は困るかもしれないけど、それでも道を聞かせてもらおう、って。
出来るだけ警戒心を抱かせないように、ぱたぱたと足音をわざと立てるようにして近づいていく。
ひらひら、と手を振って、その女の子に用事があるという事もアピールして。

逃げたり怯えたりする様子もないから、ゆっくりと相手に近づいて、話すには充分な距離まで近づいて、私の足を止める。
にこ、と笑いながら、首を傾げて。質問をする為に口を――…開く前に、挨拶だよね、うん。

「こんにちは」

…………返事がない。

おかしいな。言葉、間違えてるなんて事はないんだけどな。
もう一回、声をかけて――

そう、思って……口を開きかければ、ゆら、と女の子が揺れた、気が、……して。






空気を裂くような音と、衝撃と。





それを認識した時には、私の体は、地面に崩れ落ちていて。
胴に、激しい熱を覚えて、震える手を伸ばせば、ぬるり、とした感触があって。

それ、が何かを認識するのが怖くて、なんでこんな事になったのかわからなくて、怖くて、怖くて、痛くて、怖くて。
勝手に涙が出てきて、顔が痛みと恐怖に歪む。今まで、感じた事のないような、苦痛。激痛。……叫びたくなる。

わけがわからなくて。
そう、たしか、そう、目の前にいたはずの女の子に、助けてもらおうとして。
みっともないことに、……女の子の無事なんて確認する余裕なんて、なくって。

けれど、声は出なかった。ううん、唇が動かなかった。
掠れた空気を、ひゅ、ぅ、って間抜けな音だけが出て――、……そんな私を見て、その子は笑う。鋭い牙が女の子の口元に見えた。

振りかざすのは……女の子が持つには物騒で、血なまぐさい斧で、
振り下ろそうとする先は、……私。

ひゅうううう、とふいた、木枯らしに、フードがとれて。
頭に生えた二本の角が、ああ、何だか可愛らしいな、なんて……思ったその瞬間、がつん！！！という衝撃音を最後にして、……私の意識は、そこで、途切れた。














目を開けると広がっていた一面の青空と、咽返るような草と土の香り。
手にしっかりと握り締めていた、いつものコイン。

どうして、眠っていたのか。
どうして、私はここにいるのか。
私は、あれから、どうなったのか。

わけもわからず見回す周囲は、ひたすら、ただただ自然が広がっていた。







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おそらくは賛辞なのだろうが、こめつぶ文化での賛辞は人類にはまだ早すぎたかもしれない。

これもおそらくは賛辞なのだろうが、文化的に大きな齟齬があるかもしれない。

現在所有する情報の中で、気になったものが一つあったようである。

貴方の方をじっと見つめているようだ。

しばらくすると近づき、持っていたかごからセーターを一枚差し出してきた。
見たところ手編みのようだった。

いつぞやのように、ゆっくりとした足取りで歩いてくる。
今回は、その口にちいさな籠を咥えて。

ざらざら、と中でものの転がる音とともに、その香も鼻先に届くかもしれない。

胡桃などの木の実の類が詰まった籠を傍らにまず置いてから腰を下ろす。
‥手土産のつもりなのか、先だっての返礼のつもりなのかはわからない。

暫くの空白。
何かを逡巡しているように視線を泳がせたあとで、長い息を一つ吐いて、ごろんと仰向けに身体を投げた。

そのままの格好で、首を巡らせて視線を投げる。

奥歯に何か挟まったような物言い。けれど、そのあとそこに継がれる言葉は続かなかった。

簡単な調理以外、此処では教えてもらう、難しい、と続けた。
‥ぐるると鳴いたのは、喉だったのか、お腹だったのか。彼自身にもわからなかったろう。

小さく、隣の人に聞えるかどうか、といったそんな声。
震える手をぎゅ、と握り締めれば獲物を構え。
不安げな表情を無理やり内へと押し込めれば、顔を上げた。