アルームは自然の恵み豊かな村で、秋になれば様々な山の実や茸やざくろが子どもの手でもかご一杯に採れた。
青々とした夏の草を食んだ家畜や獣は丸々と肥え、葡萄の棚が馨しく香る。アルームにとって、秋は最も食の楽しみの増える季節だ。その秋の恵みをふんだんに使ったごちそうの一つ、兎と茸、木の実の入ったパエリアは、カミユの大の好物だった。

湯気を立てる鉄の平たい大鍋と、そこから漂ってくるなんともいえない良いにおい。しっとりと炊きあがった米に染み込んだ肉汁や茸の豊かな風味……その柔らかさの中、歯ごたえのある木の実やぷりぷりの茸の食感が楽しい。眩い夏を惜しむ気持ちも、これを前にしてしまえば、あっという間にどこか遠くへ追いやられてしまうのだ。



「……で？」
「茸と兎です」

片手にかご一杯の茸を抱え、もう片手にはまるまる太った兎を一匹ぶら下げて、カミユはグレイマンにそう言った。
外から帰って来たところ、廊下でたまたま鉢合わせになったのだ。

「俺じゃあなくって、調理場担当に見せてやれ」
「そうなんですけど……グレイマンさん、茸とか兎とか、大丈夫ですか？あと、米も」
「嫌いじゃないな」
「なら良かった！絶対おいしいですから！楽しみにしてて下さいね！」


…


「パエリア、っていうんですけど。えーっと……平たい鍋で作るお米の料理」

カミユの言葉に、調理場に立つリレッタは小首を傾げる。
その隣では、樹里がエプロンのリボンを後ろ手で結びながら二人の顔を眺めている。

「んー、作れないことはないけれど。カミユ君の故郷のパエリアって、味付けはどんな感じなの？」
「え？……何だろう。」
「……」
「……」
「……？ぱえりあ？」
「ま、取りあえず雰囲気で作ってみましょう。」


…


リレッタはさくさくと兎を捌き、食べやすい大きさに肉を切り終えると、手際よく小麦粉と塩こしょうをまぶしていく。
その隣で樹里は米を洗い、カミユは椅子に座って食料庫から取って来た胡桃の殻を割りながら、最後に食べたパエリアの記憶をたどっていく。

「えーと。ニンニクと……たまねぎ、みじん切りで入ってたと思います。あと、米がすごく黄色かった」
「サフランかしら？」
「たぶん……？」
「さふらん？」


…


みじん切りにしたにんにくとタマネギを、オリーブオイルたっぷり注いだフライパン（マァムブ内で一番大きいものでも、カミユからすれば小さすぎたのだが、今回は致し方ない）で炒めると、それだけで食欲をそそる香りが漂ってくる。
そこに兎肉を入れてしばらく炒め、火が通った頃に黄色の鮮やかな茸（食べやすい大きさに手で割いてある）をぱらぱらと落とせば、そのかぐわしいこと！カミユは思わず喉を鳴らす。

茸がしんなりしてきた頃合いで、洗っておいた米を入れる。全体に油が行き渡るよう炒め合わせ、ヘラで平にならしたあと、兎のスープ（兎の骨を、臭み消しのハーブと一緒に煮込んだもの。最後にサフランの色出しをした水を加えて、塩こしょうで味を整えてある）を具がひたひたに隠れる程度まで注ぐ。少し経ったら一度全体を掻き混ぜて、それからしっかりと蓋をする。あとは蒸し上がるのを待つだけだ。

「……あ」
「どうしたの？」
「栗！何か忘れたと思った……栗も入ってるんです、本当は」
「栗かぁー。今回はあきらめるしかないわね……」
「くり？」
「えーっとね。栗っていうのは……トゲトゲの……実物がないと説明し辛いわね。」


…


「さ、じゃあ開けるわよー」

濡れた布巾で木蓋を掴んで持ち上げると、ふわあーっと何とも言えない良い香りが立ち上る。
スープをしっかり吸い込んで炊きあがった黄色い米はつやつや輝き、所々赤みを残した兎肉も、良い具合にほろほろに柔らかくなっている。米の間から覗く茸も見るからにふっくらと美味しそうだ。
そこへぱらぱらっと砕いた胡桃をまき散らし、スライスしたレモンを盛りつければ。

「わーーーーっ……」




兎と茸のパエリア：
アルームの伝統的な秋の料理。山岳の中にある小さな森で採れる兎、茸、木の実などを米と一緒に炒め、蒸し上げたもの。
付け合わせとしては茸のたっぷり入ったトルティージャ（厚焼き卵）、梨やザクロをあしらったサラダなどが並ぶ。

気まずそうにグリゴリの少し後ろを歩き。

突然の大声に夢愛も驚いて声に詰まる。

そう言いつつまだ手を放してはいないけれど。どうしていいものか落ち着かない様子で、サナギの話なんかを続けるべきかもわからないようだ。