乾いた砂、涸れた土、夜明け前の凍てついた空気と標本のように縫い止められた星座。同じく磔にされた死に顔の月を取り巻く一群の星明かりは個別的にはまばらに、しかし実情は翼のように広くうっすらと夜を覆っている。砂漠だった。ルヴナンのもたらすあの懐かしい見違いでないのなら、メルンテーゼの。広庭の花々や動植の躍動とは逆さまに、王城の側面は涸れ果てていた。昼間には光熱に灼かれたのだろう四足獣の骨が風化してさらさらと砕けていく。立ち枯れた木は半ば石化し、命であることをとうに諦めている。夜はひどく寒い。王城から遠く離れた土地にさえ思える。それほどに、摂理が違う。あるいは時代が違う。

懐かしく思い出すと呼べるほど多くの砂漠を長く知っているわけではない。来訪者として、それも滞在地でなく経由地としての慣れた記憶の一隅だ。今のように長く広い砂漠を抜けて革命のため王城を目指した世界に、いくつかの砂漠の注意は教わっていた。極地には違いない。それも過酷な。砂漠の神は一神教だった。神は我らが父と呼ばれ、逃れがたく横顔に父性を纏わせていた。行く宛の日ごとに風と火に呑まれて消える砂漠では、それは自然の要請するパターナリスムだった。神がしるべが幾方にも枝分かれしては、約束されるのは絶滅ばかりだった。彼らは父権的な主を持ち、主を偶像的に再現する父権的な長を持っていた。私には生きにくい規律だったが、そうして強固に単一化された集団の中での生活は、また奇妙な安心感もあるのだろうと想像することはできた。支配する父の面影が構造として生活の隅々にまで忍び入り、時にひどい吐き気を私にもたらしたとはいえ。……

レルヴォヴェールの革命者は支配に耐えられない。血のなかに受け継いだ不服従の宿命のために、私たちはあらゆる支配に嫌悪と屈辱を感じるように呪われている。しかし支配の影のない集団などない。支配に対向する抵抗たち résistances にも、それが徒党をなすのなら必ず徒党なりの秩序があり、秩序を守るための上位機構が、構成員に優先する律法が存在する。それゆえ私たちはいつも異世界への協力に置いてさえ大なり小なりの吐き気とは折り合いをつけ s’accommoder、狙うべき首へ焦点を合わせ s’accommoder ねばならない。私たちの握る剣は常に刃をしか持てず、歯を軋らせながら血とともに振るうことになる。苦痛は繰り返しても慣れない。そしてその慣れなさこそが革命の原動力でもある。……

砂漠は私にとって父の横顔を思わせる。思い出の中に明滅するあの一神教からの連想にそれはどうしても根ざしている。一神教の父は仮想された父であり、具体的な父ではない。しかし誰もそうであるように、私もまた独りで生まれたわけではない……父があり母があり、おそらくは愛があった。愛は夢見られた通りの永続を果たせず、ふたりはひとりずつに分かたれ、私は父にまとわりつく権力と支配の悪臭に耐え切れず、すがるように母を選んだ。

レルヴォヴェールの三十年の平和がもたらした新たな職業、「政治家」という奇妙な支配者の姿を父は自らのものとして愛していた。しかし父の奇妙な興味は権力であるとか人の搾取であるとかそうした世俗の利にはなかった。彼の愛していたのは「政争」だった……人民を守るためでも経済を調停するためでもなく、思想を貫くためでも私利を貪るためでもなく、徹頭徹尾、政争に勝利し、敵を政治的に打ち斃すことが彼の歓びだった。弁論も裏金も誠意もダンスも、恫喝も服従も学識も朗唱も、彼の戦いのための武器庫はいずれも一級の技で彩られていた。それゆえ彼は自らの理想はひとつも持たないにもかかわらず、恐ろしく政争に強かった。彼は支配者であることを望んだわけではなかった。ただ、最も苛烈な戦いの中に身を置き続けることを選んだ結果、彼はきっと君臨するよりほかにすべがなかった。

母は父にとってなんの利もない女だった。レルヴォヴェールにいくらもいる、出身世界のどことも知れない、がりがりに痩せた、目の悪い、学者ぶった鼻持ちならない、 親縁ひとつない、 肺病病みの、しかし秋の西日を熔かしたような長い美しい金灰色の髪を持った異邦人の活字工。利のない女、けれどだからこそふたりの結婚は愛によるものだと思われた。たとえそれが《契約結婚》という、切除のための線をあらかじめ刻まれたものだったといえ。やがて時の流れて、彼の母よりも愛した政争が抜き差しならない戦略的判断として、いずれ遠い未来のために取り置かれていたはずのその切除線に手をつけさせたとはいえ。

彼の直截に望んだものでないにせよ、父がくゆらせる権能の気配は私にいつも吐き気をもたらした。母を棄てた父に、憎しみから完全に放たれた感情を抱くことは今も難しい。小さな頃は母に似つかない、父の黒色に染められた自分の髪に舌打ちもした。それでも今は懐かしく思い出す、憎しみこそあるにせよおそらく少しは愛とともに。時間的に、あるいは空間的に、距離をさえ置けば憎しみとは付き合える。ルヴナンの幻に幾度も顔を見るうち、父にもやがては中庸な評価を付せるようになり……けれど不服従の呪いはそのたびごとにあかあかと燃え、私に呼びかける。《革命を》と。

砂漠は一神教を思い起こさせる。そして父を思い起こさせる。父の臭気は私の血脈の内の、燃えている焔をかきたてる。《革命を》。朝を待つ、これだけの凍えるような夜の中にあって、あらゆる鋼を溶かすほどの熱量を添えて。

　

ほとんどひとりごちるように、地面を見ながらそう零す。
そこまで言って、はたと目の前の女に視線を戻して。