★HARVESTFES

　空の茜色はすでに消えかけ、紺色の空に星が目立ち始める。冷たい夜風も祭で賑わう広場の中までは届かないようで、昼よりも熱気を増していた。テントの周りに溢れる人々の顔ぶれも実に様々だ。客目当てにやってきた旅芸人や行商人の周りには人だかりが出来、時折大きな歓声が上がる。その輪に進んで入れるほど浮かれてはいなかったが、行商のテントで鮮やかな色のストールを一枚だけ買ってしまった。これも冬支度だと思い直し、レグルスはフードを被り直す。
　故郷にもこの時期には祭があった。冬に備えるための大規模な狩り。大きな獲物を引っ提げて山道をゆく男たちの姿はとても誇らしげで、幼い自分は自分もいつか彼らのように笑顔で凱旋するのだと信じて疑わなかったが、ついぞそれが叶うことはなかった。
　また自分が険しい顔になっていることに気付く。誰かに見咎められやしないかと慌てて周囲を見るが、どうやら杞憂だったようだ。この人ごみでは余計に身動きがとれなくなるのでカカは連れてきていない。思わず外套の下の銃を位置を確かめる。不審人物そのものだ。意識をそらそうと、周囲に視線を向ける。
　ここへ来たのは何の為だったか。工房での作業が遅々として進まず、目の疲労も限界に来ていた。そのために気晴らしがしたかったはずだ。
　何でもいい。気分を変えなければ。
　両手を強く握りしめ、テントの方へと歩き出す。酒を配っていた女の目が一瞬怯えたような気がしたが、疲れ目の見間違いに違いない。

「…で、なんでまたあんたがいるわけ」
「それはこっちの台詞だ」
　見覚えのある白い帽子と茶色の目。わざわざ外へ出てまでこの女と一緒とは何かの因縁としか思えない。この前の海でも遭遇したし、少しは気を遣ってタイミングをずらす気はないのだろうか。とはいえ賞金を懸けられている立場上味方が近くに居るのは有難い事で、強く拒絶する気にもならないまま、どうせ座っているならと席取りを任されてしまった。
　だったらせめてあれは空気だと思っておこう。レグルスは右手に持ったままの葡萄酒に口を付けた。酒を飲む余裕なんてしばらくなかったから、この喉が熱くなる感覚も随分と久し振りのような気がする。
「あー。それ、もしかしてお酒？…あんた、お酒飲むの！」
　ふと前を見ると丁度リセナが席に戻ってきたところだった。
「なんだよ、酒くらい飲むに決まってるだろ」
　子供扱いされたように思えて、思わずむっとする。そういう彼女こそ、飲酒できるか怪しい年齢なのではないだろうか。確かに、彼女が手に持っているのはジュースのようだが。
　リセナは、そうよね…と一応は納得したような素振りを見せた。
「お前はガキだから飲むんじゃないぞ」
「はいはい、大人のあんたはよっぱらってなさいよ」
　ライバルとして大人として釘を刺しておく。いちいち引っかかる言い方しかしない奴だが、素直だから許してやることにした。子供の目の前で酒なんて教育に良くない。迂闊に見せるべきではなかった。
　これはこの女の素行を改めさせる絶好の機会ではないだろうか。レグルスは喧噪に自分の声が飲み込まれないようにと、テーブルに肘を置いて身を乗り出す。リセナが少し体を後ろにずらしたのが分かったが、逃げられまい。他に空いている席なんてないのだから。
　覚悟しろ、このウサギ女が。

絵に描かれたウサギにも何らかの意味があるのだろうか、と。

そのウサギのそばに人参を描いたり、いかにも落書き、というようなお花を描いたり。…周囲を、無駄に賑やかに。

指をさすのは先ほどまで自分がいた方角。
先ほどの出来事のことを上手く説明しようとしているが全然言葉が足りなくて、手がぐるぐるとよくわからない円を描く。

　日々是修行、日々是練磨。
　―――言うは易いものの、目指す高みの何と険しきことか。

　溜息一つ。相棒に助けられる以上に困っているような雰囲気。

無言で巨大な中華包丁を握っている……。

苦手なタイプのようだ。

薄く血の付いた包丁を振り払う。

巨大な中華包丁をまるで棒切れの様に振り回した後、軽く構える。

翼の前脚でねこじゃらしを器用に摘まんで、ごろごろしている。

喧騒にはあまり、興味がないみたい。