錬金術師ウィルは、病によって蝕まれていた。
研究所と病院を行き来する闘病生活で、若い男と知り合い、夫婦の契を交わした。

夫となった男も、また同じ病。自覚症状のない、不治の病。
傍目には、健康そのものののどかな夫婦であっただろう。
しかし彼らは、明日を見られる奇跡を祈る日々を過ごしていた。


研究室の一角。

人類史に残る永久機関の稼働実験は、公表されることなく、
開発者達数人の立会のもとにささやかに行われた。

開発者の一員であり、今回の実験の中心人物でもあるウィルが、室内にのんびりとした声を響かせる。

時代も、次元も、摂理すら違う遥か彼方の世界の話。
その世界には「魂」と呼ばれる不思議な概念があった。
曰く、万物に宿り、生命の働きを司るエネルギーの象徴であると。
ゆえに、魂を増幅させ、エネルギーに変換することができればエネルギーを無限に生み出すことができると。
そのような理屈であったから、可動には増幅させる元となる魂と、それを入れる器――つまり生身の生物が必要であった。

そして被験体として自ら立候補したのが、余命幾許もない錬金術師ウィルと、その夫である。

非人道的とも言える人体実験。
そこに異を唱える者は、居なかった。


実験は、一見、成功したように見えた。

ウィルとその夫は、永久機関となった。
その魂は無限に増殖し続けた。
最も肝心な、魂をエネルギーへ変換する作業こそ失敗に終わったが、
不老不死という研究成果は、副産物という言葉に片付けるには偉大すぎる発明であった。





永久機関の魂は、増幅し続けた。
魂は、肉体を、少しずつ、天へと持ち上げてゆく。

夫の魂の増幅は、ウィルよりも早かった。
彼の身体は宙へと浮かび上がり、終には……。


……実験は、一見、成功したように見えた。
魂論の証明。
魂の活動。
魂エネルギー。
そして、不死者の殺し方。
想定以上に多くのデータを残したその実験。
それは研究者達にとって、やはり成功だったのかもしれない。




錬金術師ウィルは、弾けて散った夫を呆然と見つめていた。

彼女は病気から解放された。
彼女は不死者としての新たな人生を得た。


……これは、不死者ウィルの1万年の生き地獄、
その1年目の話。

戦いを生業にする者ならば、メルンテーゼの、争いの最中に身を置く者ならば、無防備にも程があるといったふざけた逃げ方。
少女は少女なりに全力であるものの、所詮は平和ボケした世界の出。

遮蔽物に身を隠すでもなく、建物を盾にするでもなく、まっすぐ、道の通り、直線で逃げる少女の背中は、的、としてさぞ狙いやすいものであったはず。

――風を、切る音が聞えた……と、おもったときには鈍い痛みと衝撃で、少女の体は崩れて、落ちた。

不恰好で倒れたせいか、膝や肘には擦り傷などで血が滲む。

けれどその痛みよりも、刃は当たってないとはいえ打撃の痛みの方が強く、脇を抑えて地面を這ったままに背を丸く。
土で制服が、肌が汚れるが立ち上がることも出来ない。

私はそこで一息深呼吸を付いた。
　

上の服を引っ張りできるだけ大事な部分が見えないように隠している。

ボソリと彼女がつぶやく。つぶやくにしてもキミから目は一切話すことはなかった。彼女の癖なのだろうか。

キミは、彼女からの顔から肢体をなぞる熱い視線を感じた。

平常。まるで動じない。
優しい言葉をかけることも無く、厳しい言葉で責めることも無い。
少女の様子に眉一つ動かさずに、男は見下ろし続ける。

拒絶しなければそのまま、宿へと向かう事になるだろう。
色々と言葉足らずなのであらぬ誤解を生むかもしれない。

おもむろに右目を外し、薄く青く光る、その鉱石を掲げて。

両手を顔の横で合わせて、乙女のような仕草。

赤い髪の鬼が放った大技によって上がる土煙の中から姿を見せた人物は・・・眼鏡をかけた、あどけない小柄な少女だった。

遠目から、黒い巨大な鎧と、小さな子供が見つめている。

細々と聞こえる会話を突如打ち切り、黒い鎧が近づいてきた。

モノの兜の中の赤い光が、光を宿さない瞳を捉える。