▼閑話　〜 Long Long Ago. The chronicle of Taiheiki

　朱塗りの鳥居が砕け散る。
　折れるのではなく、割れるのでもなく。破砕され、黒い粉塵を散らして吹き飛んだ。

「呵呵呵呵呵！ 如何に、先刻の勢いは何処へやった！」

　夜を焦がす炎が、火の粉を撒いて揺らめいていた。
　専任の宮大工が伝統と技術を結集して組み上げた竈神の宮代は、いまや見るべくもない。
　灰燼と呼ぶのが相応しかろう。あるいは、死屍累々と云うべきか。
　大地を覆い尽くすかのような、夥しい量の炭化した骸を踏み崩し、妖しき狐は下劣に嗤う。

「人含道善命報名親子倫元因心顯煉忍……」

　頭頂より鮮血を垂らしながらも気力を奮い起こす青年を、とても愛おしそうに睥睨し。
　祓言に呼応し纏わりつく銀の神気を、尖る爪の片掌で軽々と捻り潰す。

「無駄よ。幾度唱えても同じこと。
　南宮の禍弓祓いを退ける為、"鑑" に "纏衣" を仕込んだは、ぬしらであろう」

　狐の背には、後光と見紛うばかりの金色の妖尾が燦然と輝いていた。
　その房の数、まさに九つ。

　浅葱に編まれた水干を赫く濁した青年は、激情を抑えきれずに歯噛みする。

「"燈" よ！ 九尾に呑みこまれるでない、目を覚ませ！」

　狐はくすぐったそうに、喉を鳴らす。
　白牙を剥きだしに、唾液に濡れた舌でぬらりと唇を舐めた。

「無駄じゃなぁ。"燈" も、"綴" も、"鑑" も、最早儂の掌中じゃ。
　否や。全てを喰ろうて高鳴るが "鼓" よ。千の生皮を張り継ぎし、雨乞い鼓そのものぞ」

　臓腑を破る程の叫声が、雲焼ける天を貫いた。
　狐が、履いた高下駄で男の脚を踏み躙ったのだ。肉は容易く潰れ、焼けて崩れて疵と成る。

「もう戻らぬ。戻りはせぬ。九つ揃えてしもうたが運の尽き。
　解っておらなんだか？
　帝辛妃にはおろか、玉藻御前にすら届かぬ出来損ないであっても、九尾は九尾なのじゃと」

　告げる女面の妖狐に、哀愁の色は無い。
　悪夢が具現するならば、まさに此の面相であろうと思わせる邪悪こそが満ちていた。

　あの日、あの時、
　仕方なさそうに溜め息を付きながらも、半歩遅れて付き添ってきた女は、もはや何処にも在らぬ。

「燈……、お前は……狂妖では、ない……」

　最後まで希望を信じたのか。朦朧とする意識で呟いた青年に、狐は何を感じたのか。

　壊れた土壁に、炙る炎が影を映す。
　九つの尾はまるで大きな牙で在るかの如く、主であった者を上下に挟み、ひとつになった。

こうやって、話せる間柄なら兎も角、本来そういった立場の者は少数派だ。
全然慌てなくていい、と訴える為、ぱたぱた手を振って。

ご利用は計画的に、なんていえれば、苦笑いを浮かべて、先ほどとは違う理由で、また、同じように手を振った。

日本　ではないにも関わらず。
語っている内容は日本そのものであり、化け狐についても説明されれば納得がいくのか、幼少の頃を振り返るように語ってみせ。

正面を、ツヅミの瞳を見据えて。

「おめでとう　君は人間になったよ」

「人間というのは生きることに熱心だからね
だから君たちに殺し合いをさせて
最後まで生き残った人形を『人間』とみなすことにしたのさ」

そういうと、うねうねと両手を動かす！　ジリジリと寄っていくその姿は、もはや変人だッ！

はぁ。と何故かため息をついた。

わざと、信じたような振りをして

そして、ふむ。と一回区切り、息を吐く。

そこで話を止めて、ラーフィーの方に目をやる。それに気づいてかラーフィーがセレスの方を見る。目が合う。

はっと何かを思い出した様に鞄から手帳を出し、パラパラとめくっている

まだ色の灯らぬ球体は、ツヅミに突付かれるとぼよんとゴムボールのように跳ね返った。
触ることに対する害は特にないようだ。

具体例を知っている、と言わんばかりだ。
尤も…それはきっと自分自身のことなのだろうが。

良くも悪くも自由人。そんな言葉が似合いそうな一言。

どこかからかうような感じで言う。
同時に、楽しそうでもある。
ただ次に興味や反応について問われれば、少し困ったような表情を浮かべ…。

自分自身の感情を掴みきれていないのか、或いはそもそもそのような概念を持ち合わせていないのか。
有り体に表現するなら…とても子供っぽい。

少年の中身が入れ替わっても、この2人の関係は噛み合っているのかそうでないのか……相変わらずな感じだ。

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トガノがふーっと大きく息を吐き出す。
次に紡ぐ言葉を探っているのか。

一旦ツヅミのことを開放し、再び周囲を見回した後、ツヅミの顔を見た。
彼にしては珍しく、真顔。
喜怒哀楽のどれにも当てはまらない、そんな表情を浮かべている。

どこか、何かに憤ったような様子を見せつつ、地面の小石を軽く蹴り飛ばす。

あなたの耳に、何やら話し声か聞こえてくる。
片方は可憐ながらも何処か嗜虐的なものを感じさせる少女のもので、
もう片方は、気弱そうな青年のものだ。

あなたが声のした方向へ近づくと、青年が低空飛行で吹っ飛んできた。
青年は地面に不時着した後、ごろごろごろと数秒転がった後、あなたの前で停止する。

仰向けに倒れていた青年は慌てて立ち上がり、ローブについた砂を払ってあなたに向き直る。

そういう青年の顔には笑みを浮かんでいるが、口の端や目がひきつっている。
明らかに人と話すことになれていない者の所作だ。

だしだし地団駄。