うっすらと広がる視界。
見慣れない天井があった。

いや、違う。
この薄汚れた木造の天井はよく知ってる。

タンポポ荘の部屋じゃない。
私の実家だ。

頭を動かすと、ベッドのすぐそばの丸椅子に、女性が一人腰掛けている。
騎士甲冑を着た、20代半ばくらいの金髪の女性。
腕を組んだままうつらうつらと舟を漕いでいた。
父の従者で、名はディオーネ。
人間ではなく父が吸血鬼の技術で生みだした合成人間だ。
長く父に仕えていて、歳は確か500を超えている。

どうして私はここにいるんだろう？
確か仲間と共に一揆に参加していたはずだ。
疑問に思いながら体を起こすと、部屋のドアが開き、中年の大男が入ってきた。
彼はディオーネの様子に苦笑すると、ぼりぼりと頭を掻きながら音を立てないよう静かに出て行く。
ガウル。
彼も父が吸血鬼の技術で生みだした人工人狼であり、従者だ。
戦闘力は本物の人狼には遠く及ばないものの、未熟なハンターなら軽く返り討ちにするだけの実力を持っている。
私は旅に出るまで、両親とこの二人と、5人で暮らしてきた。

いや、もう一人、8つの頃から15になるまで一緒に過ごしてきた人がいる。

霞がかった視界の中、私はベッドを降りて歩き出した。
不思議なことに、気配に敏感なディオーネがさっぱり起きない。
彼女を残して部屋を後にする。
見慣れた階段を下りると、キッチンから鼻歌が聞こえてきた。

母だ。
クラレンス・クルースニク。
吸血鬼である父と結婚した元吸血鬼ハンター。
『クルースニク三姉妹』の三女である。
エプロン姿で楽しげに食器を洗う姿はどこにでもいる主婦だけど、現役の頃は知らぬ者はいないハンターだったらしい。

クルースニク家は元々、吸血鬼によって遺伝子改造され、闘技場などで見世物にされていた一族の子孫らしい。
そうした人間は珍しくなく、子孫にも戦闘力、知力、技術力などに大きな影響が現れる。
吸血鬼、すなわち『貴族』の文明が滅んだ後、その力を使ってハンターになったクルースニク家。
精神的な呪縛は弱かったのか、彼らは吸血鬼ハンターの家系となった。

三姉妹、というけれど、一緒に行動していたわけではない。
というのも、姉妹は酷く仲が悪かったのだそうだ。
祖父の平等で競争を煽る教育の結果らしい。
長女は百発百中の狙撃力を持つ鷹目を、次女は両腕をダイヤよりも硬く硬質化できる能力を、そして母は細腕なのにツヴァイハンダーを小枝のように振り回す怪力を得たのだとか。

その母以上に名の知れたハンターがテーブルに肘をついて座っていた。
燃えるような赤い髪のダンピール。
その種族の例外に漏れず、危険な香りを放つ美貌を持つ女性。

ルーシェ・メンミス。
『蛇蝎』の異名を持つ、私の師匠であり、憧れだ。
貴族より格上の『大貴族』を瞬殺できる実力を持ち、多くの貴族を平らげ、依頼を100％達成してきた凄腕のハンター。
ただ、彼女と同じ依頼を受けて帰ってきたハンターはいない。
真相は誰も知らないし彼女も語らないが、想像は可能だ。

貴族からも同業者からも『蛇蝎の如く忌み嫌われている』。

しかしどうして先生がこんな所にいるんだろう？
私が15の時に別れてからは、北の辺境で仕事をしていると噂を聞いていたけれど。

「で、どうなの？うちの子は」

背を向けて食器を洗い続けながら、母が口を開いた。
先生は長い溜息を吐く。

「才能が無いわけじゃないけどね。
精神的に弱いのが問題かな」

ぐさり、と胸に言葉が突き刺さる。
昔からよく怒られてきたのだ。「お前はもっと心がタフにならないとダメだ」が先生の口癖だった。

「いざとなれば覚悟を決めるんだが…どうにもスタートが遅くてね。
あのへにょん具合が今後致命的にならなけりゃいんだが」

「あらあら、誰に似たのかしら」

「普段のあんたらにそっくりだよ。
ただ、あんたらは切り替えも早いからな…その辺りも似て欲しかった」

困ったわぁ、と首を傾げながら手を動かす母。
先生は言葉を続ける。

「似なかったと言えば、筋力だな。
あんたの娘とは思えないほど筋力が弱い。
並のダンピール以下だ。

あれじゃ、残念ながら私の技は使いこなせないね」

ぐさぐさと言葉が刺さる。
これもよく言われたものだが、どうしようもない。
筋肉トレーニングでどうにかなるレベルの話ではないのだ。

先生の飛剣は、言うならば二つの巨大な二等辺三角形。
その底辺に握りがついているようなそんな巨大な刃物だ。
彼女は自分の背丈ほどもあるそれを軽々と投げるだけではなく、それは不可視の鋭利で弾性のある線で己の手甲と繋がっていて、自在に引き戻すことができる。
強靭な筋力と耐久力。並のダンピールでは投げることはできても引き戻すなどできない。
恐らくは肩の骨が外れるだけでは済まないだろう。

「でも、だからあの子にはあの子が使える飛剣術を教えたんでしょう？」

「ああ。出来る限りは。
しかし今日、奥義を教えたものの、あの武器では不完全にしか発揮できないだろうね」

私はようやく気付いた。
そうか、これは夢だ。
あの日の夢を見ているんだ。
12歳になった後、先生に奥義を教えると言われて稽古して…。
吹っ飛ばされて気絶したんだ。

だけどあの日、私は翌朝まで伸びていたはずだ。
二人がこんな話をしていたなんて、私は知らない。

「しかしあの子はダンピール以下の腕力に対して、ずば抜けた脚力を持っている。
いや、脚力だけじゃないな。目を見張るべきは足首の異常なまでの強靭さだ。
あの子は全力で走れば亜音速まで速度を出せる。だがそれ自体は驚くほどのことでもない。
それくらいの速度で走れる種族は他にもいるからな。
だが、あの子はそれだけの速度で進みながら、足首の返し一つで方向転換できる。
慣性をそれだけで殺せるんだ。他の種族や並のダンピールで同じ真似をすれば、間違いなく足首がへし折れるだろうさ。
私が知る限り、これができる種族は『本物の人狼』だけだ。

なぜこんな偏った体になっているのか…心当たりはないか？」

「ないわね」

母は振り返らずに即答した。

「強いてあげれば、夫の肉体が変異したせいかしら。
あの人が事故で研究中のウィルスを浴びて、吸血衝動を失った事は知っているでしょう？
それが何かしら影響をもたらしたかもしれないわ。
でも、それが何か問題なの？腕力が弱いのはともかく、脚力や足首の強さはむしろ喜ぶべきところでしょう？

浮かない顔ね。何を心配しているの？」

いつの間にか、母は手を止めて振り返っていた。
普段はのほほんとしているはずの顔に、滅多に見ない険しさが浮かんでいる。

先生は豊満な胸の前で腕を組み、母の視線から逃れるように天井を見上げた。

「私はね、あの子があまりにダンピールらしくないことを心配してるのさ」

「あら、いいじゃない。
あの子は夫の血を受け継いで、吸血衝動を持っていない。だから人を襲うことが無いし。
ダンピールらしい冷静さはもうちょっと欲しいけれど」

「ダンピールは貴族を憎悪している。正確には貴族の血をね。
だからダンピールはダンピール同士徒党を組むことが無い。
数が少ないから滅多に出会うものでもないし、会ったところで殺し合うことが多いからね。
ところがどうだ、私はあの子に何も感じない。
あの子も私に何も感じていないだろうね」

「…何が言いたいの？あなたらしくない。はっきり言いなさいな」

母に詰め寄られ、渋々と言った感じで先生は続けた。

「私は怖いのさ。あの子がこのままダンピールであることを止めてしまうのがね」

「…どういう意味かしら？
さっぱりわからないのだけど」

「少々昔の話さ。私は一人の男と旅をしたことがあってね」

「あら初耳。ぼっちの『蛇蝎』にもそんな色気のある話があったなんて」

「茶化すなよ。そんな話じゃないんだ。仕事関係でね。
そいつは人間を止めたがっていた。
そしてもっと別の存在になりたがっていた」

「別の存在？」

「そうだな、何と表現すればいいか分からないが…強いて言えば『神』かな」

母は吹き出した。先生が渋面になる。

「笑うなよ」

「ごめんなさい。だけどそんなもの、なれっこないわ」

だが、先生は首を横に振った。母の笑いが止まる。

「いいや。彼は行ってしまった。
私は寸前で留まり、私たちは袂を分かったんだ。
種の枠からはみ出した者にその資格がある。
それを望む者の前に現れる」

「まさか。
それにうちの子がそんなこと…」

「エリアはダンピールという種から逸脱し過ぎている。
同族が羨む『プラス』方向へはみ出た性質もあれば、同族とは思えないほど劣った『マイナス』面へはみ出た性質もある。
あの子もいずれ自分の意思で、或いは私のように変貌を望む者に流されてその機会を得ることになるかもしれない。

ダンピールが一番嫌いなものはなんだ？
それは自分自身だぞ、クラレンス。
人でも吸血鬼でもない、どちらにも受け入れられない。
鳥でも動物でもない蝙蝠のような存在だ。
ダンピールであることを止めたいと思わないダンピールなど皆無だと言っていい。
ましてや精神的に弱いエリアでは…」

「…では、どうしろと？
あの子の修業をやめて、ここに留めろというの？」

時計の秒針が静かな部屋に響き渡る。
それが一周したころ、先生は口を開いた。

「あの子を連れて旅に出る。そろそろ実践させなければな。
本来なら簡単な仕事を与えて一人で達成させるべきなのだが…。
私も同行し、骨の髄までハンターにするしかない。
今、ハンターであることを止めさせれば、あの子の目標を奪い、余計に心を弱くするかもしれないしな」

母は安堵とも不安ともつかない溜息を吐いた。

「でも、あの子がそんな、異常なことに巻き込まれるとは思えないけど。
ハンターとして危険な目に遭うのは仕方ないわ。他に生き方も選べないもの。
だけど、なんだっけ、『神』になるなんて、そんなこと本当にあるかしら」

「誰しも神になれるわけじゃない。というより、なれるものは一握りさ。
私が後に調べたところ、その機会を得たらしい者が二人生きていたが、どちらも精神病院で叫び声をあげるだけの物体に変わり果てていたよ。
後は自殺したりとか…まあ、本当にその機会を得られていたのかは分からないがな」

母は自分の両肩を抱いて身震いした。


いや、違う。
これは母じゃない。

気がつけば階段下に立っていたはずの私は、先生の目の前、キッチンに立っていた。
私はいつの間にか母になっていた。
いや、母は消え、先生と話をしていたのは私になっていたのだ。


誰かが私を起こそうとしているのだろうか。
急速に世界が暗くなる。
意識が戻ろうとしているのを自覚した。

霞む視界で、先生が口を開くのがうっすらと見えた。


「エリア。私はな、お前が『深淵』と出会うことを恐れているんだ。

いいか、決して『深淵』に触れるな、覗くな。

『深淵』は『進化』と『堕落』の前に現れる。

その対極の存在の争いに、決して関わるな。

それに触れれば、お前は――」










私は飛び起きた。

息が荒い。汗がひどい。
何だか酷く懐かしく、それでいて恐ろしい夢を見ていた気がする。
何だったか思い出せない。

ああ、もうこんな時間だ。
そろそろ起きないと、またアビスに怒られる。

疲れがとれていないのを感じながら、私はのろのろと着替えを始めた。

とっても楽しそうに体をくねらせながら、それでも大人しく首をなぞる指を感じています。

なんかぐっと気合をこめて熱弁するのでした。

　じっと見つめる。相手が相当な技術を持っていると期待した、羨望の眼差しである

エルが突然、胸を押さえてうずくまります。

シィは薄く目を閉じて、侮蔑するような笑みを浮かべます。

黒い衣装を着た妙にふにふにと手触りのよい人形を手渡してきます。

小さく肩を竦めると、何度か首を振って見せる。

（微動だにせず楽しそうな笑顔でスプーンを差し出したままじっと目をみつめている！）

（妖精は首を傾げたが、女はわかったような顔でうんうんと頷いて、くすりと笑った。
そっかー、女の人かー、と）

一理あるかもしれないが、認めたくないものでもある…。

さすがにわけがわからないよ。

すごくにやにやしながら肩に手をまわしてひそひそそんなこと言ってくるのであった。
いやらしい。

そういうと、両手を上げて手を広げてみせる。そこに火の玉が作られていき、数秒もするとどんどん球体が大きくなり、イグニの３倍ほど大きい太陽のような球体ができあがった！ものすごく熱い！

←↙↓＋A　はじく

ファイアーボールを受け止めて、それを斜め上方向に弾き飛ばす、それは空中で大爆発を起こした！

火の玉を受け止めた手は大火傷している！

おっと、ハナシが横道に逸れたな、と笑いつつ

どうかした？その言葉に対するは問い
質問に対する質問は失礼、それを重々承知しながら