
一時間が過ぎた…
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タマキ 「そろそろ時間ですね…」 |
そう思ったと同時に、頭の中に記憶が流れ込んでくる。
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タマキ 「うぁ……やっぱり、この感覚は…慣れませんね…」 |
少し気分が悪くなり、手で頭を抑える。
雪崩のような記憶の奔流
自分を大切な人だと言ってくれた、少女の笑顔…
クリスマスに知り合った、男子生徒との約束…
コートを持ってきた、不思議な店員とのやり取り…
神社に訪れた人々と、正月の賑わい…
正月の格闘大会で、全力を出し切った試合の数々…
そして、大事な相手と過ごした時間…
それが一度に、記憶に上書きされる。
自分自身が体験したことの筈なのに、後から増えてくる情報の渦…
まるで、自分じゃない誰かの視点から、映像を見ているような気分になる。
そう、まるで、他人の記憶のような…
国を出てから、ずっと1人で、各地を訪ね歩く…
一人でも多くの、『同盟者』を募る旅…
予想はしていたが、やはり簡単には進まなかった。
1柱の神によって、互いに争うことは無くなったとは言え…不可侵になったわけでは無い。
もし下手に同盟を組む動きがあれば、それは周りから危険視されると…
彼らは現状からの変化を忌避していた。
そして、侵略が始まるという話を信じる者も、居なかった。
逆に、私に別の目的があるのではと疑い、真意を晒せと迫る者まで居た。
誰一人として信じてはくれず、路傍に追い出される旅が続く…
だが、彼らを恨むことは無い。
彼らには、それぞれが護るべき、庇護すべき民が居る。
自分の判断1つで、何十、何百の民を死なせてしまう…
その責任を背負っているからこそ、確証の無い話に乗ることは出来ず、真実を測ろうというのだ。
そして、それは私も同じこと。
私が護るべき民の為に、協力してくれる者を探さなければならない。
その時が、何時来るのかは分からない。
数カ月先、数年先…私の杞憂に終る可能性もある。
だが、もしかしたら明日かもしれない…
だから、私が休むわけにはいかない…どれだけ疑いをかけられ、どれだけ失望されようと…
民のために動けるのは私だけなのだから。
とは言え、80万居ると言われる主達…
全てを訪ね歩くのは、いささか堪えた…
心身共に疲れていた私は、ある春の日…
とある山の中腹から見える景色に目を奪われて、脚を止めてしまった。
山桜が一面に咲き誇る山裾に、眼下に広がる狭い平地、
北は海に面し、南は山に面し…その間を更に切り込むような、深い谷川が数本流れている。
あれでは、田畑を纏めて作ることは不可能だ。
谷川も深く、水を引くのも容易では無いだろう。
海岸は切り立った崖が多く、恐らく降りるだけでも難儀するだろう。
そんな、海と山に挟まれた場所に、比較的小さな集落が見えた。
「……このような場所にも、営みが…」
つい、感嘆を漏らしてしまった。
最初は、様々な問題を抱えていたことだろう。
もしくは、今でも試行錯誤は続いているのかも知れない。
他のどの地域でも、人々は精一杯生きていた。
それを比べることなど出来ないが…何故か、今ここで見るこの景色は…とても美しく見えた。
そうして暫く、景色を眺めていた時だった。
背後から、1人の民に声をかけられたのは…
『おい、アンタ誰だ?見かけない姿だが、どこの者だ。』
振り返ると、1人の男がこっちを見ていた。
それが、初めて出会った時の思い出。
『香々背男』と、『私』が出会った時
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タマキ 「……今のは、一体…」 |
この数日間の記憶と共に、明らかに異質な記憶が混じっていた。
どう考えても私の記憶では無い…気がする…。
この記憶の前後に、繋がるはずの記憶が無いのだ。
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タマキ 「どういうこと…夢でも見てた…? …でも、あの景色…どこかで見たことがあるような…」 |
眺めていた集落も、話しかけてきた人物も、全く見に覚えがない。
だが、何となく…
眺めには見覚えがある。
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タマキ 「……うーん?どこで見たんだっけ…」 |
顎に手を当て、首を捻ってみるが…残念なことに、何も思い浮かばなかった。
一緒に行動している少女に、奇異な物を見る視線を向けられるだけ…
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タマキ 「(…まぁ、取り敢えず今は置いておきましょう。それよりも…)」 |
変な記憶については、後で仲間と…九郎にも相談しよう。
後回しにするようだけど、今は気持ちを切り替えて、『クロス+ローズ』の画面を見る。
そこには、『VS』の文字と、その対象になる4人の名前が表示されている。
もうすぐ、お互いに姿も見えるだろう…
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タマキ 「さて、初戦ですね。 …みんな!準備は良いですか!」 |