
【黄昏の追憶】
――夢を見た。
「はい、これ」
手渡される「交通安全」と書かれた小さなお守り。
「これなーに?」
「お守りよ。月夜が安全に学校に行けるようになるおまじないがかかってるわ」
「わあ、ありがとうお母さん!」
ああ、これはあの時の記憶だ。
俺が小学校に入学した日の夜に父さんが「入学祝いパーティだ!」とか行って外食に連れてってくれて、その時に母さんが渡してくれた。
これをもらったのが嬉しくて嬉しくて……俺は毎日持ち歩いた。ランドセルにつけたりすればいいのに毎日同じ場所にしまって、出かける時にポケットの中に突っ込んだ。
俺の母さん――終日葉月はそれはとても穏やかで、お淑やかという言葉が体を持ったかのような人だった。
きっと今も生きてて、親ですって紹介したら日明だってびっくりするだろってぐらい。
優しい人で、だけど怒るときはすっごい怖い……大体の子供が持つお母さん像と同じかもしれないんだけど、俺にとって間違いなく一番で自慢の母さんだった。
父さんが仕事以外冗談抜きでなんにもできない人だったから家のことは全部母さん任せ、俺はその手伝い。
決して裕福じゃないけど毎日学校行って帰って母さんの手伝いして、父さんが帰ってくるのを楽しみに待つ生活は間違いなく幸せだった。
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「え、父さん仕事?」
「ごめんな月夜、ホント今急に電話が入ってきちまって……」
場面が変わる。嫌でも覚えている。
その日は本来は遊園地に家族で出かける予定だったけれど、朝ちょっとばたばたしてるなと思って起きると急な仕事が入って父さんが仕事に出る直前で。
父さんは本当に仕事ができる人で頼りにされてるのはこの時から知っていたし、悲しかったけどしょうがないから、我慢しようと思ったんだけど……父さんはこう言ったんだ。
「でも月夜は毎日母さんの手伝いして学校も行って宿題もちゃんとやってるからなあ~~」
「うん、おれちゃんと毎日やってるよ!」
「毎日頑張ってるご褒美をなかったことにしたくはないなあ~~!父さんお土産もらうだけでいいから母さんと二人で行って来い」
まさかそんな返事が返ってくるなんて思わなくて、俺はびっくりして固まった。
「でも、俺父さんとも一緒に行きたいし我慢するよ」
「それはまた今度休みの日に一緒に行けばいいって。今日ずっと楽しみにしてたんだから。んじゃ父さんは仕事いってくるぞー」
言うだけ言って父さんは仕事に出てっちゃって、俺の返事も聞かないし。
母さんにどうしようって顔で向けたら、母さんはこう言った。
「お母さんは月夜が行きたいと思ってるなら、一緒に行きたいかな?」
「……いいの?母さん」
「もちろん。いつもお手伝いにお勉強に頑張ってるんだから、こういう日ぐらい目一杯遊んでもいいのよ」
「…………じゃあ、おれ……」
行きたいな。そう言ったら母さんはにっこりと笑って「じゃあ支度しましょうか」と言った。
――それが間違いだった。
そうして、俺は母さんと二人で遊園地へ出かけることになって。
バスで揺られている途中にそれは起こった。
何が起きたかはその時ほとんど覚えていない。ただ、とてつもなく大きな音がしたということと――
「月夜……!!」
俺を呼ぶ母さんの声だけは、今も焼きついている。
そこから気がつくまでの記憶は綺麗さっぱり存在していない。
何故なら、
俺がこの時死んだからだ。
俺は確かに、一度死んだんだ。
――そのまま死んで終わっていればどんなによかっただろうか。
次に目が覚めた時に広がっていたのは、地獄のような光景だった。
燃え焦げたのと肉が中途半端に焼けたような生臭さとが混ざった臭いが鼻をつく。
目を開けると炎が上がっているのが見える。
「……母さん?」
母さんに抱きしめられていたことに気づいて声をかける。
反応はない。……心臓の音もしない。
「母さん……!?ねえ、どうしたの母さん!起きてよ!!」
しがみついた状態で揺さぶりをかけたら、ずるりと俺の背に回していた腕が下がり倒れる。
真隣でぐちゃ、という音がした。
血の生臭さが一気に広がって、母さんから血がとめどなく溢れていたことにここで気づいて、
さっき音がした方を恐る、おそる、ふりむいたら
かあさんの め が
めが、
ころ、 が って
「あ、ああっ、……あ、 あ
ああああああああああああぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!!」
「――――ッ!!!!」
そこで目が覚めた。
「はあっ、はあっ、はっ……は、あっ、は……っ」
息が苦しい。ヤバい、このままじゃ間違いなく過呼吸になる。
日明はまだ寝てる、気づかれちゃいけない。必死に力を振り絞ってリビングて向かう。
丁度ゴミの日で入れ替えたばかりのゴミ袋には何も入ってないのをいいことに乱暴に取り外して口を覆って。
「はあっ、はっ、はあっ……はあ……っ」
大げさに吸うな、吐くなと言い聞かせて呼吸を繰り返す。
気づかれちゃいけない、心配かけたくない。俺なんかのことで心配かけちゃいけない。
俺なんかよりあいつの方がもっともっと大変なんだから、この程度のことで苦しんでちゃいけない。
そう、言い聞かせて。呼吸が落ち着いたら体の力が一気に抜けてって、床にそのまま倒れ伏す。
「……母さん……」
あの夢を見たのは、きっと忘れるなという警告なんだろうか?
ここにきてから楽しい日々ばかりだったから。
……俺が犯した罪を、生き残ってしまったという罪を忘れるなという警鐘なんだろうか。
バカ言うなよ、忘れるワケないだろ。忘れられるもんか。だってあの時俺がああ言わなかったら母さんは今も生きてたんだ。
俺が父さんの言葉があったからってわがまま言ったのがいけなかったんだ。大人しく我慢して、いつも通り母さんの手伝いをする生活をしていればよかったのに。
わがままを、言ったから……
俺が、あの時、行きたいって、言った、から――!
……涙が止まらない。でも、今のうちに泣いておけばまた明日笑顔になれるから。
終日月夜という奴はいつも笑顔でうざいぐらい明るい奴だって、周りにはそう思われるぐらいが丁度いいんだ。
そんな自分でいる為にも、今ここで泣いて吐き出さなきゃ。じゃなきゃみんなが心配する。
みんなの貴重な時間を俺なんかを心配することに使って欲しくないから……
「……ごめん、ごめんなさい。かあさん……ごめんなさい……」
何度言ったかわからない謝罪の言葉を、俺はまた投げた。
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「……いつもそうして一人で背負い込むんだから」
ドアの向こう側で独りごちる。苛立ちを吐き捨てるように。
「――僕は、貴方の力になりたいのに」
こんな自分を親友だと言ってくれる優しい人の支えになってあげたいのに。貴方はいつもそうさせてくれない。
「……月夜さんのバカ。大バカ者」
けれどそれで彼が気づいた時の反応が怖くて飛び出さずにいる僕の方が、よっぽど大バカ者なのだろうとも、思った。
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[進行値61+2+2+1+3+3=72]
[次回イベント発生値:80]
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