
どれくらい時間が経ったのだろうか。部屋の中を調べてみたが、何も見つけることができなかった。この部屋には家具や小物はおろか、出入り口や隙間の一つすら見つからない。空調があればそこを通って外に出られるかとも思ったが、それすら見つけられなかった。
この部屋は私を生かす気があるのだろうか。空調がないということは毒ガスの類でいつの間にか……なんてこともないだろうけれど、逆にもし酸素がなくなったら。空腹になったら。お手洗いに行きたくなったら。眠るのは最悪床に転がってでもできる。それ以外のとき、私はどうしたらいいのだろうか。
もしもを考えて、くらりと目眩がする。自分が誰で、なぜここにいるのかもわからない以上、何か目的があるのか、それが済んだら解放してくれるのかどうかすらわからない。解放してくれるなら何でも出来ようが、記憶のない私に出来ることがあるのかどうか……。
頭を振って違うことを考える。マイナスにばかり傾いていても仕方がない。
もう一つ調べたことがある。自分の服についてだ。鞄は持っていなかったけれど、服についているポケットの中にはいくつかの物が残っていた。
時計
ハンカチ
カードケース
これだけだった。
名前だけでもわかる物が入っていればよかったけれど、そんな都合のいいことはなかったようだ。だが、時計があったのは幸いだった。時間がわかるに越したことはない。針はちょうど一時を指すところだった。
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いちか 「やっほぉ〜☆」 |
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”私” 「っ!?」 |
突然のことだった。再び視界に紫の靄がかかり、子供が姿を現した。相変わらずの笑顔でこちらを覗き込んでくる。
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いちか 「一時間ぶりィ♡ 何してるの〜? あっ時計だ〜!」 |
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”私” 「!」 |
思わず時計を胸に抱く。直後に思わずやってしまったと思った。数少ない所持品を奪われたくはなかったが、それ以上に機嫌を損ねてしまうのがまずい。
だが、子供はあまり気にする様子もなくニコニコと笑っている。
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いちか 「イイヨイイヨー持ってていいヨ♡ キミの持ち物だもんネ♡」 |
どうやら、この子供は私に対して怒ったりする気がないようだ。ほっと胸を撫で下ろす。どうしてもこの子供の一挙手一投足に対してビクビクすることになってしまう。情けなく思いつつも、そっと声をかけてみる。
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”私” 「ね、ねえ……訊いてもいい? ここに私を連れてきたのは、どうして?」 |
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いちか 「ん? それはねえ〜オネーサンが生きてないと困っちゃうからだヨ☆」 |
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”私” 「生きてないと……?」 |
どういうことだろう。私は死ぬところだったんだろうか? 事故や事件ならばここまで何もない部屋に置いておく必要もないだろう。もしかして私は自殺を図ったんだろうか? そう言われればこの部屋は何も凶器のない隔離室のようにも見える。
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”私” 「私が自分で死のうとしてたってこと……?」 |
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いちか 「当たらずとも遠からずってとこカナ〜。まあナカナカの推理だケド☆」 |
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”私” 「遠からず……? やっぱりそうなのね?」 |
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いちか 「だからァ、当たらずともって言ってるじゃん!そーゆートコホント嫌い〜! まあいいけどネ、僕には関係ないし〜」 |
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いちか 「あっそうだ、本題本題〜。 ココ空腹とかトイレとかそーゆー心配ないヨ!この部屋はトクベツ製だしネ!」 |
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いちか 「それでもなんか欲しいって言うなら持ってきてあげるケド……何か要る?」 |
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”私” 「そ……そうなの?じゃあお水と……おにぎりを……」 |
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いちか 「了解〜次来るときに持ってくるネ☆ じゃあまた一時間後にネ〜♡」 |
そう言うなり子供はまたも霧のように消え去った。
結局なんの用だったんだろうか。様子を見に来ただけ? 心を読んだかのように不安を言い当て、拭ってから去っていったけれど……。
とても楽天的な考えをすれば、もしかしたら、自分はここに匿われているのかも知れない。自分のことさえ忘れているのにあの子供は責める様子もなく(思い出させてくれる様子もないが)、自ら命を絶たないようにと気遣われているようにも思える。
もちろんネガティブに考えれば、というよりも普通に考えればただの監禁で、何かしらの用が済むまでの命かも知れないけれど。
とりあえず一時間は認められた命を、どう過ごそうか考えよう。