
目を覚ますとそこは真っ白な部屋だった。見回してみたが、扉も窓も家具も何もない。どうしてここにいるのだかも思い出せない。
そもそも自分の名前がわからない。記憶喪失というものだろうか?生きていく上で基本的なことは覚えているのに、自分に関することが全くわからない。
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”私” 「うん……?」 |
自分の手を見る。どうやら皺の具合から老齢であること、服装や触った体つきから女性であることはわかったが、鏡もないこの部屋ではそれ以上の情報も得られない。
そうこうしていると、不意に部屋の一角が紫に染まる。
現れたのは中高生くらいの子供だった。
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子供 「あっ気がついた?ようこそハザマへ〜☆」 |
その子はくるりと回りながら着地すると、こちらに手を振って見せた。声を聞けばわかると思っていた性別も、声変わり直前の男の子とも、ちょっとかすれ気味の女の子とも取れていまいち判然としない。
口ぶりから察するに私をここへ連れてきたのはこの子のようだった。こんな子供がどうやって、とも思うが、協力者でもいるのだろう。自分の体はあまり重いようには思えないし、大の大人が一人いれば簡単に担げてしまうだろう。
そしてハザマという言葉に心当たりはなかった。何かの狭間なのだろうか。だとしたら何の?そもそも狭間であっているのだろうか。
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”私” 「ハザマ……?よくわからないけど家に帰してもらえる?」 |
返事を得られるとは思っていないが、聞き返してみる。ついでに説得も試みる。記憶もそうだが、まずは身の安全を確保したい。手足は自由で相手は子供だが、こんな状況だ。何が起こるとも限らない。
子供は特に変わった様子もなく平然としている。この問答も想定の範囲内だったらしい。にっこりと笑うと、ケタケタと喧しく声を上げた。
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子供 「残念だケドそれはできないんだよネ〜!」 |
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子供 「もう全部もらっちゃってるんだもんネ☆」 |
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”私” 「どういうこと……?」 |
全部とはなんだろう。記憶がないことと関係があるのではないか。問い詰めようと体が前のめりになるのをぐっと押さえつける。今焦ってこの子を怒らせて、自分の身を危うくするのは賢くない。
そう思ったが、子供は機嫌を悪くする素振りも見せない。ちょっと口をへの字に曲げて見せたものの、それは不機嫌というよりも親の気を引くためにわざと見せるわがままのような雰囲気だ。
本気ではないのだ。子供をあしらうかのような対応だ。
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子供 「すぐに全部説明しちゃうのって僕好きじゃないんだよネ〜。 というわけで説明はまた今度!どうせ数時間なんだからじっとしててネ♡」 |
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子供 「じゃあまた一時間後にネ〜♡」 |
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”私” 「あっ……待って!」 |
子供は一方的に会話を切ると、来たときと同じようにふっと消えてしまった。説明してくれる気はあるようだったが、それは今すぐではないらしい。
少なくとも今どうにかされることはなさそうだ。もちろん完全に警戒を解くわけにはいかないが、そのことだけでも十分に安心ができる。
ほっと息をついて、その場に座り直す。家具も何もなく床も冷たいが、寝転がっているよりはましだ。
あの子は一時間後にはまた来るのだろう。それまで状況を整理するなり、何かできないか探すなりしてみよう。