
【夜明けと黄昏の記録 其の三-狭間の章-】
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◯2019年6月×日
イバラシティを離れ、本部に一時帰投。
コヌマ区のMRランド跡地にて起きた《彩なす天照》が関与していると思われる市民一斉失踪事件についての事後報告。
僕らを教えた教官本人が聴取を担当した。恐らく上層部に対して切り札か何かを一つ切ったのだろう。
まあ、月夜さんはうっかり口を滑らせてしまうだろうからその方がありがたいのだけど……
被害者に関わる人物全員の記憶処理は終了。
被害者らの遺体は組織に関わる事件での犠牲者の為に用意している専用墓地にて供養。
任務時の協力者各位への報酬とアフターケアも完了済、そこに関しては何ら問題はない。
――問題とされるのは犠牲者になった者たちが完全に"別のナニカ"に入れ替わったかのような状態であったことである。
「そちらから送られた報告書によると。
《彩なす天照》のエージェント時代のデータにはなかった能力が使用されていたとあるけれど?」
「それにつきましては、恐らく"境界越え"をしたことによる異物の侵蝕度が大幅に上昇したことにより"混血現象"が
発生したものと見られます」
「でもそれを用いたとしても"鏡の中の住人と入れ替える"なんてことができる異能は現時点存在していないハズ……
なんだけどなー。新しい異能の現象なんてことは流石にないと思うんですけど」
「どちらにせよ以前より危険度が尚更増しているということには変わりない、か。
聴取は以上だ、引き続き調査及び討伐の任に当たってくれ。これ以上犠牲者を出すワケにはいかない」
「――《神託の執行者(バプティスム)》、一つお願いがあります。
……行方不明になる直前に《彩なす天照》が受けていた任務の詳細について調べて頂けませんか」
「ふむ……?」
「この任務の内容によっては、とんでもないものが眠っていそうなので……」
犠牲者たちに成り代わった"ナニカ"が言っていたことがいまだに僕の頭の中で引っかかっている。
「シロ。シロ。タダシキシロヲマツタメニ。スベテヲカエス。タダシキシロをマツタメニ――」
白、というのは恐らく色の白のことを指しているのだろう。
"正しき白を待つ為に、全てを還す"――と言っているのだとすれば……恐らく僕たちが予想しているより遥かに
大きなモノが裏で潜んでいるのかもしれない。
嫌な予感しか感じない……一体彼女は何の任務に赴いて境界を越えたのだろう。
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メディカルチェックに向かう前、教官が僕に声をかけ引き止める。
「日明……すまないね」
「……?何故謝るんですか?」
「――恐らく、君は察しているから素直に白状するよ。上層部からの当たりが強くなっている。もし今回の任務で……」
「皆まで言わずとも承知しております。
……これ以上逃し続けるようであれば、上層部より僕と彼の処分を決行するよう命が下るでしょうから」
【Code-Weekly's】。 特A級以上要監視対象を示した秘匿コード。
その中に僕と月夜さんの名が入っていることは知っていた――いや、何となく察していた。
僕は言わずもがな、《蠱毒》所有者の中で最も攻撃性が高い危険因子。
月夜さんは精神状態からいつ"境界越え"してもおかしくないぐらいに異物侵蝕のブレ幅が激しい上に元々能力も高い。
この任に僕が当たることになったのも父の件や《彩なす天照》との関係性だけではなく、この任務がとても困難を極めるものである為僕らが生きて帰る可能性が低いから。
少なくとも今の僕の身体の状態で本気で奴とぶつかれば間違いなく代償で僕の生命は完全に食い切られるだろう。だから月夜さんが負担を少しでも軽減する為にと同行を申し出てくれた。
本部としてもまとめて処分するに都合の良い状況が勝手に作られたようなもので、すんなりと許可されこうして
任務に当たるようになったワケで。
「……すまない。《彩なす天照》の及ぼした被害状況から、僕たちもこれ以上庇うのが厳しくなってきている」
「そうなるのは当然でしょう、元は僕の身内の不始末です。父も一度倒れてしまった以上風当たりがますます
強くなってもおかしくない。むしろそんな中でできる限りの支援をしてくださっていること、感謝に堪えません」
《彩なす天照》終夜旭日――僕の伯母に当たる人物。
15年前の任務で行方不明になった後、3年の時を経て化け物として帰ってきた。
そして祖父母――伯母さんにとっては実の両親を殺そうとした。母の脚が動かなくなったのはその時に戦ったからだ。
僕に"異物"が混じったのもこの時からで、ある意味僕にとって全ての始まりとも言える人物とも言えるだろう。
そんな化け物の血縁に強力な《蠱毒》の力を持つ者がいるとなれば、組織からしたら例え構成員の一人だとしても
警戒されるのは当然のこと。それをわかっているからこそ父は僕をこの任から遠ざけたかったのだろう、
メディカルチェックを終えてから父の病室に顔を出したら早速こう言われた。
「……任務を下りる気はないのか」
人と話すのが苦手な父らしい、無自覚の高圧的な問いかけ。
相変わらずで安心したのか、僕の口からは自然と笑みがこぼれた。
「ないよ。これは僕がやらなきゃいけないことだ」
「元は私の不始末だ。お前みたいな子供がやる必要のあることではない」
「そうかもしれない。でも僕は行くよ」
「……一度言い出したら聞かないところだけ遙花に似おって」
「父さんの頑固さが遺伝された結果でもあるけど?」
むう、と父は返す言葉に詰まって納得いかない様子を見せた。
……そうだよね。
共に同じ組織に属しているからって息子を死地に送り出すことを良しとする父親が、いるワケがないものね。
でも、僕は死ににいくつもりでは、ない。
「――父さん。僕ね、友達ができたよ」
「……」
「任務であちらへ行ってから、たくさん友達が増えたんだ。僕のことを怖がることなく接してくれる人がたくさん」
「…………そうか」
「みんな大好きな人たちなんだ。だから、その人たちを護りたい。その為に行くんだ。
……安心して、僕は死ぬつもりはないから。絶対に生きて帰ってくる」
「………………そうか」
「心配してくれてありがとう、父さん。お大事にね」
父の声が震えていることに気づかない振りをして病室を出た。
――そう、このイバラシティで僕は多くのモノをもらった。
例え任務の間だけの滞在だとしても、そこで得た絆は僕にとってかけがえのないモノなのだ。
そんな素晴らしいものをくれたこの街を、侵略なんてさせるものか。
「アンジニティ……僕の大切な人たちの日常を壊すというのなら容赦はしない」
「――我らが組織の名の元に、貴方たちを制裁します!」
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[進行値53+3+2+1+3=61]
[次回イベント発生値:80]
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