
『ワールドスワップ』『アンジニティ』『侵略』
それはあまりにも荒唐無稽,出鱈目で意味の分からない話。
僅かに染まった空も,妙な天気だ,くらいの印象しか残さない。
実際に“ハザマ”に飛ばされるまで,多くの住人はそれを信じてすらいなかっただろう。
だが,この男は違っていた。
この男にとってその宣告は,ある意味では“救い”だったのかもしれない。
自らが殺めた4人。
知人,友人の仮面を被っていた,居るはずのない誰か。
笑顔の裏で牙を剥いていた怪物。
彼らこそが,アンジニティからの侵略者だと,そう納得することができた。
自分の行いを正当化することができた。
イバラシティに害を為す敵を,殺したのだと。
ただ,それでも,思い出される生々しい感触は消えない。
ヒーローものの特撮なら,人間に化けた怪人は,最後に正体を現して爆発するものだ。
けれど現実は,そんなに派手で分かりやすいものではなかった。
あの4人は,息絶える瞬間まで…………。
「…………。」
気色悪いが,恐怖は感じないその小さな化け物を叩き潰す。
難しいことは何もない。単純に考えればいい。
イバラシティで4人を殺したように,このハザマで,敵を1人残らず叩き潰してやればいい。
アンジニティの化け物だろうが,ハザマの化け物だろうが,裏切り者だろうが関係ない。
……そう,それだけで良かったはずなのだ。
「願わくば、”手を差し伸べる”ことを諦めないでください。
彼らは咎人。あらゆる世界から否定された存在故に、誰にもその手を差し伸べられなかったもの…。
そんな彼らを、ただ、否定せず…己の世界を守りながらも、可能であれば、その手を差し出してあげてください。…私の頼みはそれだけです。」
教祖の嬢ちゃん,ティーナの姿をしたアンジニティの化け物。
化け物,というような見た目ではないが,あれは確かに,人間ではない。
教祖の嬢ちゃんや凛音の奴が“天使”と呼ぶ存在。
そう名乗った化け物の言葉が,頭にずっと残っている。
過去の自分なら,そんなこと出来るはずがない,と突き放していただろう。
けれど,今の自分にはそれができなかった。
“手を差し伸べられる”ことの温かさを知った自分だからこそ“否定された存在”の苦痛も理解できる。
…いや,本当の意味でアンジニティの化け物たちの苦痛など理解できるはずもないが。
いずれにしても,“全員ぶっ殺してやる”などと言えるような気持ではなくなっていた。
このまま一人で戦っていたら,もしかすると,アンジニティの住人を相手に,この鉄パイプを振り下ろすことに躊躇していたかもしれない。
だから,タクシーに乗り込む前に,あの少女に出会えたことは…九郎にとって,幸いだった。
「こんな場所でまた会うたぁな…久しぶり,って言っとこうかぁね。」
さて,どうなることやら。