――苦しい人はおりませんか――
――泣きそうな人はおりませんか――
生き物は、教えなくてもできることがあるという。
鳥は愛を歌い、蜘蛛は糸を手繰り、鹿は生まれてすぐに立ち上がる。
そして、ヒトとして生きる『私』は、私が知らない『祈り』を知っていた。
私の世界には神がなかった。おそらく、私と同じく既に処分されたのだろう。
だから祈りもない。人間に上位者はおらず、天の国もなく、死者は忘れ去られ、今を生きる者のみがそこにあることを許される。
時代遅れになった不要品の廃棄、それを踏み台にした新しいものの創造。
そのサイクルを高速で行うことにより、分割世界の一つ『更新され続ける世界』は急速に発展した。
『最新』として造られた私は、世界を巡って確かに人々を楽しませた。
耐用年数の限界を迎える前に後継である電子機器が開発され、人々がそちらに夢中になるまでは。
存在が許されるかの投票。宣告。世界にとって、この古い技術は『不要』である。
状態がよいものをひとつだけ残し、誰もいない記録用の倉庫に閉じ込めて、残りは全て処分する。
新しい技術についていけなかった私の製作者は、志願して皆滞りなく『処分』された。
魂を込めて作った作品たちが処分されることが耐えきれない。そんな『非合理的』で『時代にそぐわない』言葉を残して。
私は『処分』の順番待ちの間、それを見ていた。
よくあること。私の世界では当たり前のこと。
破砕されていく同種を、死して動かなくなる製作者たちを、こちらを見る目から失われた興味を、笑顔を、歓喜を、笑い声を、光を、癒やすべき悲しみを、救いを、心の救いを、悲しい人はおりませんか、苦しい人はおりませんか、私は悲しみに寄り添うための道具です、私はヒトを幸せにするための道具です――。
誰にも求められていないことはわかっていた。それでも私は逃げ出していた。
まだできる。まだやれる。ああ、せめて、あそこで『処分』を待っている製作者の子供のもとへ。
『処分』されてしまうにしても、その前に、あの涙を止めさせてください。
判決。否定の世界『アンジニティ』への廃棄処分。
罪状は、『時代遅れ』の判定が下ったにも関わらず世界に居残ろうとし、世界を停滞させようとしたこと。走り続けてきた世界が停滞すれば、滅亡してしまうと科学者たちは声を揃えた。
そも、時代遅れのがらくたに何ができるのか。
もう誰もお前のことなど見向きもしない。忘れ去られて無価値になった。
そんなに自信があるのならば、おぞましい『否定の世界』でも明るくできるのだろう。
喜べ。
……おとなしく正式な処分を受け入れれば、我々はこんな無駄な時間を過ごさずに済んだというのに。これだから時代遅れは。
「私はあなたを覚えているよ、子供の頃にに私を見て笑ってくれたよね」
がらくため。誰もそんなこと覚えていない。それで助けてもらえるとでも思ったか。
『あなたは長い間たくさん愛されて、たくさんの人を愛してね』
『そのために心を入れておこう。ほら、鉛でできた心臓だ』
全ての『処分』を見届けて否定の世界に落とされるとき、誰かに何かを叫びたかった。
今ならわかる。きっと、私はこう叫びたかったのだ。
か み さ ま !
……意味のない記録の再生が止んだ。旅の間、鉛の心臓が欠けてから度々あったことだ。
今までは何かわからなかったが、今なら理解できる。
これは『夢』だ。あの世界の『私』であるあの子がずっと見ているもの。
周りには、時計屋のヤナギ――いや、彼はリアと名乗った。彼が連れてきた二人。先日あの屋敷に来たシレナと、未だ見ぬタマエ。
無音を不快に感じるならば、歌を止めないようにしよう。
海に焦がれを感じるならば、海の歌でせめてもの慰めを。
ただ迷い込んだ罪なき人も、怖がらぬよう安らげるよう。
私はそのためにあるのだから。
向こうに見えるのは前回も相まみえたイバラシティ側の人々。
"うた"を聴かせてくれた子もいる。
怖くない、こちらに傷つける意思はないよ、こちらにおいで、伴奏は私がやるから、またあの"うた"を聴かせてほしい。
一緒に歌おう。