「なーーーー!?」
放課後の教室。クラスメイトと和やかなお茶会
馴染みの本屋でのやりとり
図書館を巡る日々
その裏で遂行していく魔導書調査と魔術の習得
図書館での恥ずかしいロールプレイ
各地で様々な縁を結びながら、
それらを守る為に探偵に調査を依頼して
「アンジニティ…そっか、これが…」
恋文がイバラシティで見たことや感じたこと、
そして思ったことがそのまま脳内で時系列に沿って再生されていく
穏やかな気持ち
焦燥感
無力感……
そのほかにも色々な感情が実感を伴って刷り込まれていく
(ふむふむ、なるほど)
恋文にとってこの異常事態はそれほど違和感なく受け入れられる
理解できる部分や納得できる部分が多いのだ
情報は情報として、時系列順に受け入れて、消化していく
「……ん?……うぇ、うええぇぇえ?!」
…その中で、雲行きがあやしくなってきたのはハレ高での闇鍋パーティーからだった
天文部とのなにげない日常のやり取りを通じて、
恋文の中に渦巻いていた辛くて、悲しくて、やり切れない思いが解けていくのを感じて、
「ふぇ……ふえぇぇぇぇぇえええ!?!?!」
思わず上擦ったような声が喉から飛び出てくる
それはそれは、心の隅々まで染み入るような、温かな感情の奔流で
今まで感じたことのないくらい心地良くて、嬉しくて…
「えっ、え、、っちょ、ちょっ…とっ」
そして、夜の公園で、先生と…
「わーーーーー!!?!うわー!わーっ!待ってー!ちょっと待ってぇぇ!!!?ちょっと待ってえええ!!!あああーーーーー!!!?!」
びったんばったん。
地面を転がろうと大地に頭を打ち付けようとも
記憶の再生は止まらない
既にインプットは済んでいるのだ
後はただ、時間に沿って気持ちが再現されていくだけである
記憶にはない、今ある記憶に
羞恥【感謝】尊敬【愛情】様々なものが恋文の全身を駆け巡っていく――
その大切な一場面が終了しても、その次の場面の記憶が更に恋文をのたうち回らせにくる
「あーっ!うわー!もうやめてぇーっ!?」
真っ赤になって身悶えるが止まらない。止められない。止まるどころか感情は加速していく
嬉しそうに甲斐甲斐しくお菓子を作ったりなんかしちゃって
送ったメッセージに気付いて貰えず、こういう時だけ鈍いんだからとやきもきしたり
「ぬわあああーーーーっ!!?あーっ!ああーっ!!!」
でも、そんな先生に会うのをとてもとても楽しみにして
「う、うぅ~~~っ……」
たくさんの感情が徐々にひとつの形へと纏まっていく
恋文慕がイバラシティで抱いた想い。けれどそれらは全て、悲しい決意の裏返しとなる
感情は結末へと収束していく
アンジニティを守る決意
淡い初恋を捨て去る決意
そして、打ち明ける決意が、
――全てを覆す本の存在によって無へと帰す
恋文慕の記憶の流入が止まった
本来であれば、記憶がまだ続くはずの時間だ
まだ10日分の記憶は届いていない
精々その半分とちょっとくらいだ
でも、そこから先は何の記憶も流れてこない
……そこで、恋文 秘(こいぶみ ひめる)の、
イバラシティでの異能としての人生が終わったのだ
そこから先の記憶はなく、ただ2通のメッセージだけが届いている
学校で友達と会って出かけたこと
一度見かけたことのある知り合いが怪我をしており、その人に対して特別な感情を抱いていること
そして、それらが恋文秘の感情には何も影響を与えず、ただ記憶として入ってきただけということ
(ああ、つまり、そういうこと)
それらを噛み締めていると、
足元に花束が置いてあることに気が付いた
「これは……
あはは、謝らないとダメですね…」
色とりどりの花々で束ねられた花束を見て苦い顔で笑った
その花一つ一つの花言葉が胸に突き刺さってくる
そっと、その場にしゃがんで花束を取ろうとしたが、
それは触れた瞬間に幻のように消えてしまった
ここはハザマ世界
イバラシティの物を持ち込めるのは最初だけ
イレギュラーであろうと手に取ることはできない
「…この世界に来ているのかな」
死に分かれた友人の事を思い浮かべ、そっと目を伏せる
深く息を吐きだした後、改めて手紙に目を向けた
「……なるほどね、この手紙の部分が今の慕の記憶ってことね
あぁ、それにしても疲れたぁ…
半年くらい年を取った気がするよぉ…
…まぁ、でもこれで、戦う手段は得られた、かな?」
呟き、ポケットの中に入っているサイコロ大の道具を手の平で弄る
これがあれば戦える。アンジニティとの戦闘でも遅れは取らないだろう。しかし…
ハァ~~と、恋文は大きな溜め息を吐いた
花束の残り香が鼻腔をくすぐる
「えぇ、えぇ
わかっていますよ…
アンジニティと戦う? 冗談じゃない
アンジニティの人が大好きになって、色んな人から色んなものを貰って…
…まったくもう、しょうがないですねぇ」
立ち上がり、吹っ切れたような爽やかな笑顔で
この記憶が本物か偽物かなんてどうでもいい
私は私の感じるままに、やりたいように動く
それが恋文の――恋文慕の生き様なのだ
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恋文 「それじゃあいっちょ、全部救うために動くとしましょうか!」 |
アンジニティもイバラシティも関係ない
恋文が望むことは今も続くイバラシティでの仮初を本物とすること
それがイバラシティで生活している慕の為になるのだから
ハザマの恋文は覚悟を固めて動き出した
あの日常を確かなものとするために