■6回目
実家に行った。
そこで、■■■に会った。
この書置きが誰の目に留まるか分からない。
或いは誰にも見つからないかもしれない。
でも俺は、俺がこの場に存在したことの証明のためにこの書置きを残す。
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■■■の言葉が正しければ。
口伝は正しかった。“英雄”は存在した。かつて。昔々のそのまた昔くらいに。
その“英雄”は、父からは目を使わずとも空間内の輪郭を知る術を、
母からはいのちの正しき流れを知覚しこれに添う術を得て、
けれど、生きるためにそれらを間違った形で使った。
それが、俺やミトリヤが最初に知った『異能』。流体加速。
“それが人の中にある液体であろうとも”無関係に加速させる能力。
係数10ですら対象空間内の血管を全て裁断し、死に至らしめる能力。
係数100で行使すれば、体内を貫通した血液が周囲を穿つ散弾となる。そういう能力。
攻撃でも防御でもない。殺害にのみ特化した異能。
その“英雄”はあらゆる敵を触れることなく斃して行ったと言う。
負属性行使は心身両面の負担が半端ない筈で、本来そんなことを続けていたらいつか
死ぬか廃人化する筈だと思うのだが、そいつは強靭な体と意思とでこれに耐え続けたらしい。
人を殺し、獣を殺し、魔物を殺し、竜を殺し。
自分たちの安寧を脅かすもの、その悉くを殺戮した“英雄”は、ある時
世界から放逐された。
理屈は分からない。だが、その世界に収まることのできる命としての枠、規格を
超えてしまったのではないか、と■■■は言う。
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問題はここから先だ。
放逐されたその“英雄”は、否定の世界アンジニティに墜ちた。
俺たちが今このハザマで戦っている敵勢力。そいつらが住まう場所に、だ。
死ぬことすらできない規格外の存在が、どれだけの時間をそこで暮らしたのか、
俺にも分からないし、■■■も知らないらしいが、ともかく。
そいつはワールドスワップが起こるよりも前に、イバラシティに喚ばれた。
現実時間で言うところの、二年ほど前に。
ミトリヤの事件。ミトリヤが生き延びた理由。
犯人がずたずたになって死んでいた理由。その全てが、この事実と繋がる。
■■■が言うには、俺とミトリヤは小佐間の血が濃いらしい。
放逐された“英雄”と近い存在。だから、死を前にしたミトリヤの願いに応え
『異界からの召喚』と言う形でそいつがイバラシティに降り、あいつを守った。
そこまでは良かった。そう、そこまでは。
アンジニティの存在は、アンジニティに戻るしかない。
この“英雄”はワールドスワップと関係なくイバラシティに来ているので、
どちらの勢力が優勢になるかに関係なく、全てが終わればアンジニティに戻る。
そもそもが規格外の存在だ。仮にワールドスワップが無かったとしても、
イバラシティに長く留まることはできなかった筈だ。
だが、“英雄”は
『今を望んでしまった』。
戦いの果てに放逐され、ついに得られなかった平穏な生活。
家族と一緒に平和に暮らす、ただそれだけのちっぽけな願い。
それを手放すことを躊躇い、その手で今を掴んでしまった。
単純な話だ。
器は2つ。中身は3つ。
余計なひとつが入り込んだなら、余ったひとつが弾き出される。
アンジニティと言う、碌でも無い世界に。
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■■■は、その“英雄”の味方らしく。
身代わりになってくれ、と頼んできた。俺かミトリヤか、どちらか片方に。
■■■は言う。
同質の存在であっても、俺やミトリヤはそいつには絶対勝てないと。
素養があったとしても経験値の絶対差があり、これをどうやっても埋められないと。
戦えば必ず負け、空になった小佐間 御津舟という器に“英雄”が入り込むだけだと。
故に、せめて平和に終わるよう『選んで欲しい』と。
思い出すのは思考実験でよくある問い。
『恋人と妹が崖で落ちそうになっていて、助けられるのはどちらか一人』なんてやつ。
聞くたびにクソったれな問題だと思っていたが、いざ直面すると本気でクソだと思う。
■■のために自分を残そうとすれば、妹が碌でも無い世界に放り出され、
妹を残すために自分を差し出せば、■■の傍にはよく分からない何かが残る。
もしかしたら。
俺に“英雄”の話を伝えたのは、ミトリヤじゃなかったのかもしれない。
あるいは、ミトリヤだったが、あいつも同じことを知っていたのかもしれない。
今となってはどちらなのかはもう分からない。
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俺はこれからその“英雄”に会いに行く。
どうなるかは分からない。見つけられるかどうかも。
見つけられたところで勝てる見込みもないのかもしれない。
或いは見つけられず、タイムアップになるのかもしれない。
その時に俺やミトリヤ、それにその“英雄”がどうなってしまうのかは、
俺にも、■■■にも分からない。
だけど。
もう、後悔したくない。
ただ遠くで見守るだけ、なんてことはしたくない。
何もできないまま成り行きを見守るなんてことはしたくない。
怖い。凄く怖い。もう二度と■■に会えないかもしれないと思うと吐きそうになる。
それでも、もう逃げる訳にはいかない。
逃げたらきっと、後悔するだけだろうから。
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この紙を見つけた人へ。
可能なら、この紙を『小佐間 美鳥夜』に渡して欲しい。
最後に。
■■。好きだ。大好きだ。愛してる。
小佐間 御津舟
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■■■ 「行っちゃった、ねえ」 |
かつて家が存在したような、今は瓦礫しかない場所。その地下。
一冊の本の横に、ヒトの輪郭をした何かが佇む。
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■■■ 「本当なら、ここでお終い。 Bad End……なんだろうけど」 |
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■■■ 「面白いこともあるもんだ。 “賽は投げられた”のに“ふりだしに戻る”なんて」 |
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■■■ 「ねえさんは、どうするのかな。 ままごとをもっと続けるのか、それとも」 |
どこからともなく風が吹き込み、輪郭が揺れる。
亡霊のような不確かな存在。今はもうどこにもいないモノの意思。
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■■■ 「まあ、きっと── “なるようになる”さ」 |
その言葉を最後に、輪郭は姿を消し。
そして、世界は──────────。