【夜明けと黄昏の記録 其の三】
――イバラシティに滞在してもうすぐ半年。
多少の進捗は見られたが、《彩なす天照》は未だにその姿を見せなかった。
今までの報告書を振り返ると、ここまで動きが見られないパターンは僕らが今当たってる件が初めてらしい。
過去までは早くても潜伏した即日中に動きが見られたというのに、このイバラシティでは全くその様子がない。
それは外の世界と違い、ここが異能が当たり前の場所だということが関係あるのか、それとも……どちらにしろ僕たちの知り及ぶことのできる域にはないだろう。
"境界を越え"た者の考えなんて、理解できるワケがない――理解してはいけない。
まるでそう自分に必死に言い聞かせるかのような思考をしていることに気づいて、僕は自然と口元を緩ませる。
今までそういう考えがなかったワケではないが、外の世界にいた頃より自分が人でなくなることを怖く感じるようになった自覚はあったから。
臆病になったなとも思ったけど、きっとこれは今までより繋がりがより増えたからなんだろう。それは決して悪いことではないと思った。
--------------------------------------
先々月にコヌマ区の廃遊園地跡で発生した行方不明事件について。
あの後すぐに報告書をまとめて提出したところ、巻き込まれた者全員が"なれの果て"と化した案件が初の事例だった上、
《彩なす天照》が所有していた異能以外の異能の使用されている可能性も浮上したこともあり口頭での詳細報告を、と日本支部から召集がかかった。
6月の上旬中には一時的にイバラシティを離れることになるだろう。
「ああー、父さん大丈夫かなあ。ちゃんと布団敷けてるかな……」
一時帰投の為軽く荷物をまとめていると月夜さんがそんなことをぼやいていた。
彼のお父様は仕事以外は本当に何もできない方らしく、彼ができるようにならねば話にならなかった生活だったとか。
お母様が亡くなられてからそっちの方でもさぞ苦労されたから今の彼のスキルが培われたのだろう。
僕も甘えていないで身の回りのことはもっとできるようになっておこうと心底思わされる。
いつまでも親が生きているワケではないし、歳もそろそろ独り立ちを始める頃になってきたし……いやでも母さんがそれ耐えられるのか?
いや耐えられないな?絶対我慢できなくてしつこく電話してくるよあの人。
いい加減子離れして欲しいとは思うんだけど……思うんだけどなあ……とか言ってたら電話の音がする。僕の携帯だ。
「……」
噂をすれば母さんが電話してきた。タイミング良すぎない?
「もしもし?」
『やあ日明!!母だぞ!!!今イバラシティに着いたんだがお前の住んでるアパートはどの辺りだっただろうか!!!』
「ああそれならまず電車でウラド区かそこらまで…… はい???」
待て。ちょっと待て。
イバラシティに着いた???何を言っているんだこの人は?????
「ちょっと待って。え??何できたの???」
『息子に会いたいから以外に何があると!!!!』
「父さんはどうしたの????」
『昭彦なら無事目を覚ましたぞ!ちょっくら様子見に行ってくるとちゃんと報告済なので安心すると良い』
「いや待ってよそれ初耳なんだけど!?何でそんな重要なこと言わないの!?あとくるならくるでちゃんと連絡入れてくれない!?僕一人で暮らしてるんじゃないからね!?!?」
『いやあサプライズしたかったんだけどやっぱり日明の声が聞きたくなってなあ~~~もちろん月夜君の分もお土産はしっかり持ってきている故安心すると』
「そういう問題じゃないっつってんでしょさっきからァ!!!!!!!!!!!」
『はっはっは。まあ良いではないか』
「ちっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっとも良くない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
『ウラド区まで駅で行けばいいのだな!わかった、後は道なりに適当に行くとしよう!ではしばしの間電話を切るぞ、母がいなくても寂しさで泣くでないぞ~~♪』
『誰が!!!泣くか!!!!!てか人の話を聞きなさい!!!!!!!!!!!!!聞いてるのちょっと!!!!!!!!!!!!!!母さん!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
……切れた。切りやがった。
「……日明、お母さんくんの?」
「ええ、どうやらそのようで……はあ……何かすみません……」
「え、何で謝んの?」
「え」
「……」
「……」
「……なあ、日明」
「はい」
「そういうことで俺に気遣わなくていいからな」
「……でも、その」
「いいっつったらいーいーのー!それ以上言ったらひっすん兄貴怒りますよ!」
「ひゃ、ひゃい!わひゃぃあひああらえをああひえうああいっ!」(訳「は、はい!わかりましたから手を離してくださいっ!」)
「よろしい。で、遙花おばさんいつくんの?」
「多分ほぼ今からです……」
「行動早ッ!!え、流石に今からじゃいろいろ準備間に合わねえ……!!」
「いやいいですよ、割と適当で……」
「いやいやそれは失礼だろ……!」
……帰る前に母のせいで一波乱起こることになりそうだ。どうしよう。
そうだ、リオネルさんたちに母がくる話はしておかないと。もし馴れ馴れしくされてもスルーでお願いしますって言っておかないと……
あと見た目に騙されないようにっていうのも……ああ、頭が痛い。
でも父さんが無事に目を覚ましたっていうのが聞けたのはよかったし、相殺されたということにしとこう……