唐揚げはおふくろがよく作ってくれていた。
共働きだったけどあの頃は時々団らんしてそれなりに幸せだった。
出来たてあつあつの唐揚げは幸せの象徴?とかだったんだろうな
おふくろが生きていて親父はがさつだけど家族思いで今みたいじゃなかった。
誰かの異能でもしタイムスリップができるって言われたら。
未来には興味ねーけど、過去に戻れるならって言われたら悩むかもしれねェ。
ま、そんな都合のいい事なんて起こらねーし。
起きても戻らねーだろうけど。今の生活はそれなりに楽しい。
おふくろが死んで昼間っから親父は酒を飲むようになった。
部屋中酒の瓶やら缶やらが散らばっていて片づけないとキレる。
片づけても当てつけかとキレる。
顔がむかつく
テレビがうるさい
酒がない 買って来い
テレビを消すな
声がむかつく
なにかするたび怒鳴られて何もしなくても殴られて
名前を呼ばれるたび毎回ビビらなきゃいけなかった。
酒臭い口から吐かれるしゃがれた声はずーっと俺の名前を呼んでいた。
家には俺しかいないから。無視したら余計に殴られる。アゲハ。アゲハ。アゲハ。
おふくろの記憶が家族と食った唐揚げなのに親父の記憶といったら
「お前が母ちゃんの代わりに死ねばよかったのにな」
椅子から立ち上がる人影は俺より数倍大きくて、
容赦なく俺目掛けて振り下ろされる硬くて熱い拳。
「なあ。アゲハ聞いてンのか」
暴力。罵倒。暴力。
ただひたすらに親父が怖かった。
あの時俺の頭にあったのは早くおふくろに会いたいって事だけだった。
また皆で唐揚げ囲む食卓が出来たらなって。
小学校3年の時くらいか。
周りの連中より体が小さくて、風呂にも入れなかったから格好のいじめの標的になった。
親父が飲酒運転で事故起こして無職になったからだ。家は電気や水道は止まったし、
学校の門をくぐりゃ、まあ地獄だ。いじめって言われて思いつくような大体の事はされた。
帰り道でもチョーシづいた「いじめッ子」につきまとわれたし
充分撒いて家に帰ってもドアとか壁に物好きなヤローが残していった罵詈雑言の張り紙やら
落書きが出迎えたし
親父に殴られて怒鳴られるのが日課になってたから家も学校もそんなに変わンなかった。
小学生の生活なんか家と学校の往復だ。行けど地獄帰れど地獄。
唯一いい事といえば
「いじめッ子」を撒きながら帰宅までの最短ルートを状況に応じて見つける必要があったお陰で
後の「鬼のカガラ」は奇襲が得意になったってことくらいか。
人生何が効を成すか分からねェ。
そンで毎日同じように過ごして、殴られすぎたのか成長痛なのか分かンねェくらい体が痛くなって
高学年になって気づいたら急に背が伸びてて。
でも小坊のガキは阿呆だから簡単に力関係は変わンねェんだ。
同じクラスにまたチョーシづいた「いじめッ子」のあいつと取り巻きの一部がいてよ。
その時もいつもみたいにやられっぱなしでカガイシャアゲハだのクセェだのタイホするだのってはやし立てられて。
そっから、異能についてなんか言われたんだ。
かぁっとなってよ。俺をいつも見下してたあいつを突き飛ばしたんだ。
そしたら椅子ふっ飛ばして頭から血ィだしてよ。
思いのほか飛んで周りの奴がざわついて、その時になってようやく俺は正しいやり方を見つけた。
そうか
ヤラれる前にヤレ、だ。
ようはビビる前にこっちからビビらせればいい。大切なモンを奪われる前にこっちから奪えばいい。
それからは何かされたら殴るようにした。怖かったけど、怖がってる様子を見せたらこっちがヤラレちまう。
デカい声で殴って、暴れて、先公にチクられていじめられっ子からクラスの問題児に昇格した。
先公にとっちゃどのみち俺は面倒な生徒だ、別に構わなかった。
中学上がるとき舐められないように髪も染めてピアス開けたらもっと強くなったような気がした。
品行方正なんてクソくらえだ。もっと嫌ってほしかった。
金はパクる。気に入らねェ奴は殴る。学校なんて当然いかねーし、帰るのも馬鹿らしい。
暇を持て余したからゲーセンとかでたむろして、絡んできたやつ殴ったり、
チョーシづいて俺ン家の壁になんか書いてた奴を一人一人見つけ出してボコッたりしてた。
そうやってついたあだ名が「鬼のカガラ」だ。
自分には誰も近寄らない。自分は誰も好きにならない。自分は誰からも愛されない。
……まあ、今思えばコレは正解ではなかったンだが不正解でもねェ。
大事なのはホーコーセーだ。
中三上がる直前で救われた。じーちゃんばーちゃんに正式に引き取られて地獄から引き揚げられた。
蜘蛛の糸っつーンだっけ?アレだ。じーちゃんとばーちゃんは俺にとってのオシャカサマだ。
オシャカサマみてーに引き上げた糸を切ったりしないからもっといいモンだと思う。
今でも頭が上がらない。一生かけても感謝しきれないと思う。
そっから一年以上経ってもっと色々学んだ。
今までパクってた金はモノスゲー頑張って苦労して手に入ること。
相手ボコッたらじーちゃんばーちゃんが頭下げにいくこと。
勉強頑張るのも面倒クセェけど達成感はあること。
環境がクソみたいだったけど、俺はそんなに「悪くない」ンだってこと。
俺の味方は俺だけだなんて思ってたけど、本当は一人じゃないこと。
昔に比べたら、今は本当に恵まれてる。
不良はやめらンねーけどクラスのやつらともそれなりに仲良いし、
先輩は良くしてくれるし、仲のいい後輩も出来た。好きな女も出来たし、
おふくろが生きてた時に出来た小学校のダチとも再会できた。
喧嘩仲間もいて、保健室には俺の事理解してくれる大人がいる。
他校のクラスの連中とも仲良くなれたしな。
だからそいつらを犠牲にイバラシティを乗っ取りに来やがった
アンジニティは許せねェ。
絶対ェ後悔させて潰してやる。
・ ・ ・
ハザマに飛んだのはちょうど停学が解けてああ明日学校か、なんて思いながら飯食ってた時だ。
気づいたら寂れた場所にワープしてた。ポケットには石とか牙とか分けわかんねーガラクタがあった。
相棒が持ち込めなかったのが残念だ。
親父の一族は根っからのヤンキーでばーちゃんも元スケバン。
暴走族グループを一人で潰したときにばーちゃんから渡されたモンだ。
「禁賊抜刀」って名前付けて持ち歩いてるけど、まだ俺は一回も使ってない。
ばーちゃんが誰かボコした跡があるから大概の連中は見ただけでビビるけどな。
一時間経った。
牙からバット、石からピアス作ってたら(ハザマってなんでも作れンだな)
昔の事色々思いだしちまった。
どのタイミングで戻れンのかわからねーけどとりあえず敵と味方ハッキリさせねーといけない。
作ったモン装備したら知ってるやつらに連絡をとろう。
ハザマではアンジニティが化け物に戻るならごちゃごちゃ考えなくて済む
ナレハテとかいう気色悪ィ生き物を仕留めたみたいにブン殴って応戦すればいい。
いつも通りだ。単純明快喧嘩上等。喧嘩を売られたら買って勝つ。勝つまでボコれば負けにはならねェ。
それが「鬼のカガラ」のヤり方だ。
ヤラれる前に、ヤル。
相手がアンジニティだろーが中坊ン時みてェになりふり構わずブッ潰せばきっと勝てる。
つーか、こんなとこで一生暮らすなんて絶対にごめんだ。
アンジニティがどっから来たか知らねーけど
奴らの化けの皮がはがれてるうちにブッ潰して忘れなきゃな。
先輩の事も……深淵見銀子の事も
殺人事件の事もせっかく「何事もない日常」過ごして傷が癒えてきたってのに。
意味わかンねーし、早く忘れたい。
榊のいうことが正しけりゃイバラシティから追い出せばアンジニティは消えちまうンだってな。
心からも記憶からも消えて無かった事になるンだってよ。笑っちまうぜ。
どうせ仲良くなれねーんだろ?だったら親しい顔をするな。目障りだ。
どうせ目的は侵略なんだろ?だったら優しいふりして近づくな。うざってェ。
理不尽じゃねーか。テメェらだけ不幸面するンじゃねェよ。侵略者。
侵略されるからって馴染みのツラで襲われてこっちが割り切れるわけねーだろ。
俺はお前らと違ってニンゲンなんだよ。ヒトの心に感情持ってンだよ。ふざけるな。
新しく作ったバットは、相棒にそっくりでよく手に馴染んだ。
自分で作り上げた「禁賊抜刀」を振り上げる。
見知った顔が浮かぶ。
「化け物はバケモノのままくたばってくれや。俺はイバラシティ守るからよ。」
ブッ叩く。