それは遠い過去の話。
リオネル・サンドリヨンが記憶している限り、異能を使えるようになったのは小学2年生の頃であった。
それまでは自身が異能を持っていることなど気づきもせず、家族のどちらも異能と呼ばれるものが実在しているなどとは思いもせず。異国由来の血筋ゆえに少々目立ちやすい以外は、ごく普通の暮らしをしていた。
テストで100点を取れば、母に沢山褒められた。
分からない問題があれば、父に何度も教えてもらった。
出来ないことが新たに出来るようになるたびに、自分のことのように喜んでもらった。
まだ子供だったリオネル・サンドリヨンは、根拠もなく、そんな暖かい日々が続くと思っていた。きっとリオネル・サンドリヨンの両親もまた同じだったのだろう。
その年の冬が訪れるまでは。
それはある日の夜半。リオネル・サンドリヨンは何かの音で目が覚めた。臆病な気質であった彼だが、それを目の当たりにする直前まで恐怖は感じていなかった。なぜなら、その物音の正体は事件性が高いもの
ではなく。
実の両親が喧嘩する声、テーブルをたたく音であったから。
それは客観的に見れば事件でも何でもない。大人がその喧嘩の内容を聞けば、確かに真剣に話す必要のある内容であった。父の会社が倒産し、この先の行く末を決める相談であったから。熱が入ることも、頷けることである。
しかし、まだ子供といえる年齢であったリオネル・サンドリヨンにとっては恐ろしい光景に思われた。家族がこのように言い争っているところを、見たことが無かった。それがますます恐怖に拍車をかけた。
『不幸にも』リオネル・サンドリヨンは穏やかかつ臆病な気質を持っていた。だからこそ、今繰り広げられている光景が永遠に続いてしまいそうに思えた。
『不幸にも』リオネル・サンドリヨンは心の底から両親の幸せを願って、そして今の光景を『不幸』と認識した。
『不幸にも』リオネル・サンドリヨンは、自身の幸せと大事な者の幸せが直結するような考え方をしていた。そんなリオネル・サンドリヨンが咄嗟に願ったのは。
――おこるなら、オレをおこって。
願って間もなく、口内に 蜂蜜に似た甘い甘い味が広がっていった。
それとほぼ同時に両親はリオネル・サンドリヨンの存在に気づいた。詰め寄ったのは母の方だ。
明日も学校。どうしてこんな時間まで起きている。これ以上面倒ごとを増やさないで。……。
それは客観的に見て八つ当たりであった。それでも、リオネル・サンドリヨンは。
父さんと母さんが喧嘩をやめた。そう認識して、満足した。以降も同じ案件での喧嘩が続き、そのたびにリオネル・サンドリヨンはその『怒りの矛先』を『喰らった』。それはリオネル・サンドリヨンが小学校3年生の夏休み手前まで続くことになる。
リオネル・サンドリヨンが止めようとしたこの『喧嘩』は、一家の行く末の相談でもあった。その相談のたびにリオネル・サンドリヨンがそれを中断させた形になった。少し成長してからそのことに気づくのだが、この時はまだ気づけない。幼いリオネル・サンドリヨンは、自分の一番の望みを投げ打って、二番目の望みを叶えたと思っていた。
家族の幸せこそが自分の幸せ。
本当は、自分も一緒に幸せになりたかった。