むかし、むかしのお話です。
異能を使って、父の仕事を手伝おうとしたことがありました。
わたしは目を合わせた相手の記憶を呼び起こして、それを読み取ることができるのです。
読み取った記憶を嬉々として父に報告すると、父は
喜びました。
怒りました。
「人の負の記憶を読み取り、私に全て教えなさい。その罪を裁くのだ」
「悪い人の記憶を読み取って、十が傷つくようなことがあってはいけない」
その時の父が、わたしはとても怖くて。たまらず母に泣き付きました。
母はそんなわたしに、こう言いました。
「おまえは、私たちの神なのだから。私たちに幸せをもたらすのはおまえだ。」
「あなたは、私たちの大切な神様だから。いてくれるだけで、私たちは幸せなの。」
記憶が、二重に再生されます。
──本当のわたしは、どっち?
築城崇介、一栄斗、不動櫻。
度重なる知人との戦闘行為に疲弊し、倒れた体はようやく目覚めた。
上体を起こし、手を握ったり開いたりして体の調子を確かめる。
……今は問題ないようだが、これもいつまで保つか。
たかが人間相手だと舐めて掛かったが故の手痛いしっぺ返し。
痛みを受ける度に、記憶が混濁していく異常が続く。
おそらくこれは噛み合わない歯車を無理やり押し込んで回すようなもので。
十神十の意識がじわりと侵食していく。
歯車は軋み、ヒビが入る。思考も、体の自由も奪われる。
私が私でなくなる恐怖。なぜ、私が恐怖している?
世界に否定された人格。それを、私自らが否定しようとするのか。
そんなことは、あってはならない──
──一時間が経過した。記憶の濁流が押し寄せる。
「……ぁ、あぁ……!? う、ぁ、ぐぅ……っ、はぁ………、ッ…!!」
記憶容量の限界を優に超える膨大な情報が、無理矢理脳に押し込まれた。
今まで感じたことのないモノが体の内から沸騰するように勢いよく溢れる。
頭が割れる。熱い、痛い。脳が、心が侵されていく。
流れ込む記憶が、感情が、暴走する。
それはこれまで決して知ることなく過ごしてきた、煮え滾るような感情。
神として生き、神として消えた人間には与えられなかった、恋心。
「何故……こんな…………痛い……こんなもの、知らない……!」
眼窩から溢れる透明な液体は何なのか。
偽の記憶が、十神十が、私を壊していく。
「邪魔する者はすべて殺さなければならない、
復讐を果たさねばならない、なのに──」
侵略しているのは、これではまるで──
しろいリンゴがありました。
わたしはそれをたべました。
しゃく、しゃく、しゃく。
しろいリンゴは無味無臭。
しゃく、しゃく、しゃく。
中身はスカスカ、なにもない。
しゃく、しゃく、しゃく。
リンゴから、赤い液体がどろり。こぼれました。