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【Bad End】
そのメッセージが流れるまで、不幸は彼ら兄妹の元にあった。
そのメッセージが流れたあと、不幸は我ら姉弟の元にあった。
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荊尾 水渡里
(かたらお みとり)は、世界から追放され、
けれど儂、荊尾 繋譜音
(かたらお つふね)は、それを拒否した。
自分たちのことを、村人たちのことを案じ、ひたすらに力を振るった
『それだけの』姉上が永遠に何処かに堕とされたまま。
誰も彼もが姉のことを忘れ、幸せに暮らす。
そんなことが許せる筈も無かった。
だから、策を練った。
まず、自分の思念を呼びだす『鍵』を用意する。
ここまで紐解いた書物がそれだ。
次に、己が姉を忘れても次の行動を行うように自分自身に呪いをかける。
神の行使する忘却の呪いは強力で、己には解けないだろう。
だが姉上以外のことには効果を発揮しない。此処に付け入る。
そして、自分に強制した呪いにより、己の思念を死後に残るようにする。
永遠を生きたい訳ではない。己は充分に現世を生きた。
けれど、姉上を『喚び戻す』ためには後押し役が必要だし、生きている間は
姉を忘れるという強制力が働き続けてしまう。
あとは、最後の一つ。
これは姉上のことを忘れる対価として、『鍵』を作る以外にもうひとつ
神とやらに呑ませたことだ。
“荊尾の血を継ぐ者は、必ず荊尾 繋譜音の異能を継ぐこと”
“荊尾 繋譜音の異能を継ぐ者は、必ずいずれか『片手』に
荊尾の側の親が持つ力を握ること”
これらの目的は、『器』をできるだけ姉上に近付けること。
姉上の異能は、父と母から受け継いだ二つの力
では、ない。
己のそれも同じ。この事を知るのは儂と姉上だけ。
異能が発現してから姉上が消えるまでの僅か数年の間で、儂と姉上が
試行錯誤の末に理解したこと。
それに、賭けた。
途方もない賭け。上手く行く保証なんて何処にもない。
上手く行ったかどうかを確かめる術だってない。
上手く行かなかったら『鍵』は開かれないし、開かれなければ
紙人形に封じた己の思念も呼び出されない。
それでも。
それでも儂は、諦めきれなかった。
妻を娶り、子を育て、民に尽くし、歳を重ね、往生するその瞬間まで
儂は死後のことをずっとずっと考えていた。
姉上のことを忘れてしまったのに、それでも、尚。
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実際の所、想定外がいくつも重なった。
まず、今代の荊尾……今は小佐間と言う名字になっていたが、
小佐間 御津舟と小佐間 美鳥夜の兄妹は、最も我々に近しい
状況になっていた。
父母共に荊尾の血が混じっていたのだろう。
そして、過去に何らかの事件があったらしく……
儂の思念が呼び出される前に、既に子孫の内に姉上の思念があった。
『鍵』を紐解き、儂が呼び出したのはあくまで美鳥夜本人だったが。
これなら存外早くに姉上を喚び戻せるかもしれない、と考えたが、
姉上の意識はごく稀にしか表に出てこない。
しかも、その僅かな時間の中で儂は
『姉上が堕とされた場所と言うのは外に出る手段が無く、こうして
子孫に思念が繋がることすら奇跡のようなものだ』
と言う話を聞いた。
まずい。
姉上の力は強力だが、万能には程遠い。
放っておけば脆弱な子孫の思念など勝手に塗り潰していくと思うが
それはあくまで思念だけであって、かの地に残された姉上本人が
どうなるか分からない。
しかし、そんな様々な想定外の嵐の中で、更に想定外な出来事が起こった。
ワールドスワップ……つまりこの領域戦争の勃発である。
しめた、と思った。
付随物とみなされたのか、己の思念を封じた紙人形もハザマに
顕在化している。そして否定の世界の住人もここに居る。
つまりここには姉上自身がいると言うことだ。
このどさくさに紛れて、御津舟か美鳥夜を姉上と入れ替える。
街の人間が勝利したならば、勝利した側の兄妹の片割れに姉上を置き、
入れ替えられた一人は敗北側としてアンジニティに堕ちて貰う。
そしてアンジニティが勝利したならば、そのまま姉上には
元アンジニティとしてイバラシティに戻ってもらう。
何れに転んでも、儂の目標は達成できる──
──筈、だった。
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『やり直し』なんて、訳の分からない言葉が聞こえなければ。
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頭がくらくらした。
紙人形に頭など存在しないが、それでもそう感じた。
姉上は美鳥夜に存在を重ね、その力で
御津舟を瞬時に殺した。
かつての戦いと同じ。
御津舟の体、全身から血が噴き出し、それで終わった。
この場の死は街での死には繋がらないが、この後の『入れ替わり』を
彼が止めることはもう無い。そういう場面、状況だった。
後少しだった。
本当に。後少しだったのだ。
だがどうしようもない。
この戦いはなかったことになる。
今代の歴史が同じになるかどうか、この場の影響がどう出るのか、
何もかもが分からない状態での『振り出しに戻る』である。
そも、美鳥夜に姉上の意識が降りていることすら奇跡で、
偶発的な状況だったのだ。いくら器がそこにあるとは言え、
ひとつでも何か掛け違えば、同じ道を通ることはない。
そうなれば姉上を喚び戻すことなど夢のまた夢だ。
何てことだ。
ああ、姉上。
ようやく、ようやく、貴方に報いることができるかと思────
違和感。
世界が歪んでいく。感覚がぼやけて行く。
ハザマが溶けて行く。全てがやり直しになる。
だがそんなことが問題なのではない。
何故だ?
何故、儂が。
儂の意識を封じた紙人形が。
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ミツフネ 「─────逃がす、かよ」 |
死んだ筈の御津舟に、握られている?
そして、全て塗り潰された筈の美鳥夜の……
つまり姉上の体が、その腕が、何故、
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??? 「どう、して……?」 |
姉上の意思とは関係なく、動いている?
全ての境界が曖昧になり、意識を失う直前。
姉上の腕が、姉上の頭を掴み。
儂を握る御津舟の手にも、力が籠り。
いや。
待て。
まさか。
この二人、
我らの異能を正しく理解していr
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そして、物語は『振り出し』に戻った。
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